- 第6回
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第6回 春の歌(田林県)
録画・録音協力者:周祖練氏
歌手:班桂英氏
連載の6回目では、春に行われる歌掛けで歌う「春の歌」1を取り上げる。この歌謡は春の歌掛けの冒頭、歌掛けへの誘いとして歌われるが、八桂方言で決まった題名はないそうだ。春にのみ歌うことから、本稿では「春の歌」と呼ぶ。動画資料の歌唱者は班桂英氏(1973年生)、撮影者は周祖練氏、撮影日時は2023年2月12日である。録画は第3〜5回と同じく、田林県の有名な萬吉山森林公園内(第3回「追記」も参照されたい)で行った。
この歌謡は、班氏が14~15歳頃に村の長老たちから学んだ歌である。旧正月の月やその後の月に春の歌掛けに誘う時によく歌われる。ある週末、班氏が歌掛けの相手(男性)を探すために地元の萬吉山森林公園へ出かけた際に録音したものである。萬吉山森林公園の頂上で班氏が春の景色を見ながらこの「春の歌」を歌ってくれた。結局その日は歌掛けの相手を見つけられなかったが、おかげで季節の歌謡のありさまに初めて接することができた。
この歌謡は連載の第2回で紹介した「閑逸歌」と同じく歌掛けへ誘う歌であるが、第2回の「閑逸歌」は相手への想いや恋を歌ったものであるのに対して、春の歌は五感で感じた春を歌った風物歌のようなものである。季節に関わる内容は、誰でも歌掛けに参加できるため、盛り上がりやすい。また、どの季節でもそれぞれの歌があるため、暇つぶしの際にほかに思い付く歌がない時はよく季節の歌が歌われる。班氏は、季節の歌は皆が知っているような春の風物を取り上げ、それぞれについて歌い手が自らの情感をどう表現するか、その人の教養、知識(班氏の言葉では「知恵」)を知ることができると言う。班氏曰く、季節の歌は「他人の知恵を盗みながら他人を楽しませる」。そのため、歌の巧拙問わず好んで歌われるようだ。また古伝の季節の歌謡から、かつての村の四季折々の風景を偲ぶことができる。
さて、実際に「春の歌」からチワンの春の今昔の風景を感じてみよう。八桂方言の国際音声記号による表記、それに対応する標準チワン文の対訳、その下に逐語和訳、更にその下の「 」内に日本語訳を示した。文頭にある数字は当該文の番号であり、音節ごとに付けた数字は声調を示す。動画の字幕では、以下の1~3段目を表示する。ただし、曲の冒頭や語と語の間、末尾に挿入される「ya i」、「a」などの装飾音は表示していない。
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ʔdɯːn1 ʔɪt7 vaː1 man3 ŋaːt8 Ndwen it va maenj ngad 月 一 花 スモモ 発芽する 「十一月にはスモモの花の蕾が出る」 -
ʔdɯːn1 laːp vaː1 man3 ha:j1 Ndwen lab va maenj hai 月 閉じる 花 スモモ 咲く 「十二月にはスモモの花が咲く」 -
ʔdɯːn1 ɕjeːŋ1 vaː1 taːw2 maj5 Ndwen cieng va dauz maeq 月 正月 花 桃 紅色 「正月には桃の花が鮮やかな桃色になる」 -
ʔdɯːn1 ŋiː6 vaː1 lɪm6 vaː1 tɕeːw5 ʔaːŋ5 ɕɪn1 jaj2 Ndwen ngih va limh va jaeuq angq cin yaez 月 二 花 木藍 花 油桐 嬉しい・喜ぶ 本当に とても美しい 「二月は木藍2や油桐3の花の盛りで、実に美しい」 -
ʔdɯːn1 θaːm1 doːk7 faːj2 hɯːn3 ɲɪt7 moː5 Ndwen sam ndok faiz hwnj nyit moq 月 三 竹 木 生える 芽 新しい 「三月は竹4から新しい筍が生える」 -
taːw1-ɕuː1 loːk8-ʔbaːŋ5-noː6 koː3 laj2 Dau cu loeg mbaengq noh goj laez あちこち キツツキ も (大きな声で)鳴く 「あちこちでキツツキが大声で鳴いている」 -
loːk8-kaj5-kan1 ʔkoː3 lɯːn6 Loeg gaeq gaen goj lwenh カモ も (嬉しくて)騒ぐ 「カモも騒いでいる」 -
loːk8-kaj5-tɯːn6 ʔkoː3 faŋ2 Loeg gaeq dwenh goj faengz キジ も (嬉しくて)興奮する 「キジも興奮している」 -
koːp7 tɕaːŋ1 tam2 koː3 ʔaːŋ5 goep jang daemz goj angq 池 中 池 も 嬉しい・喜ぶ 「池の中の蛙も喜んでいる」 -
koːp7-kaːŋ3 ʔaːŋ5 tɕaːŋ1 viː3 Goep gangj angq jang vij 亀 嬉しい・喜ぶ 中 小川・溝 「亀5は小川の中で喜んでいる」 -
tɕiː3-faːn2 ʔaːŋ5 tɕaːŋ1 poː1 Jij fanz angq jang bo ヨツメジカ 嬉しい・喜ぶ 中 山の斜面 「ヨツメジカは山裾で喜んでいる」 -
ljeːŋ2-laː2 lɪm1 viː3 luək8 Liengz laz lim vij lueg 蛍 満ちている 小川・溝 谷 「小川や谷は蛍で満ちている」 -
ŋɯːk8 ʔdaj1 haːj3 ɕeːn3 θuəŋ1 Ngwg ndae haij cenj sueng 大蛇(伝説の蛇) 中 海 逆巻く 面・側 「大蛇6は海の中でとぐろをまいている」 -
luəŋ2 kɯːn2 ʔbən1 ɕeːn3 moː5 Luengz gwnz mbwn cenj moq 龍 上 空 抜け替わる 新しい 「龍は天に昇って脱皮して新しい体になる」 -
teː1-toː5 ɕaːw4 laː1 loːŋ2 De doq caux la longz ミツバチ 〜し始める 探す 巣 「ミツバチは巣を探し始める」 -
huːn2 pɯːŋ2 ɕaːw4 meːw2-kəːn1 Hunz bwengz caux meuz gwn 人 天下の・世界の 〜し始める 穀物 「世の中の人々は穀物を植え始める」 -
juː5 laː3 ʔbɯːn1 ɕɪŋ1-fuː2 Yuq laj mbwn cing fuz で 下 空 幸福な 「幸せが世の中にある」 -
ɕəːn2 vən1 leːw4 paj1 pjaːj1 Coenz vwen leux bae byai 語句 歌 完了 行く 末尾 「私の言葉はこれで最後だ」 -
ɕəːn2 kwaːj taŋ2 puː4-moː5 Coenz gvai daengz bux moq 語句 利発な 待つ 他の人 「あとは他の方の賢い歌を待とう」

写真1 木藍の花(2023年3月4日 周祖練氏撮影)

写真2 油桐の花(2023年3月15日 周祖練氏撮影)

写真3 油桐の木(2023年3月15日 周祖練氏撮影)

写真4 ユーラク竹(油簕竹)(2023年3月3日 周祖練氏撮影)田林県では油簕竹も昔よりかなり減ってきたというが、過度な伐採によるものかどうかは不明である。
これまで紹介した歌謡はすべて五言排歌7(第1〜4回)や五言と七言を組み合わせた歌謡(第5回)であるが、春の歌は五五五九七・七五五五五五五・五五五五五・五五というふうに、五言、七言、九言を組み合わせた歌である。このような五言、七言、九言を組み合わせた歌謡は本連載で初めてである。
春の歌の全体は19句からなっており、構成は起(第1〜5句)承(第6〜12句)転(第13〜17句)結(第18〜19句)、つまり五・七・五・二といった四節に分節できると考える。
まず、第1〜5句の五句は起に当たる部分であり、ここでは冬から春にかけての風物を取り上げながら歌っている。歌い手は、われわれの故郷がさまざまな植物に彩られ、春はもちろんのこと、冬からもすでに色とりどりで華やかだと歌うことにより、聞き手の共感を得る。歌い手の意図は、視覚から聞き手に春を感じさせることにあると考えられる。
次に、第6〜12句の七句は承に当たる部分である。チワン族地域の春でよく見られる生き物の営みを取り上げて歌っている。歌い手は色々な生き物の鳴き声を直接的に描写している訳ではないが、lɯːn6「(嬉しくて)騒ぐ」、faŋ2「(嬉しくて)興奮する」、ʔaːŋ5「嬉しい・喜ぶ」、lɪm1「満ちている」などといった形容詞を用いることで、聴覚から聞き手に春を感じさせている。撮影協力者の周氏によれば、特に第12句の「小川や谷は蛍で満ちている」では、小川や谷の至る所にljeːŋ2-laː2「蛍」がlɪm1「満ちている、いっぱい飛んでいる」ことを描写することにより、小川のせせらぎだけでなく、蛍が羽ばたく音も聴こえてくるような感覚を聞き手に与えるという。周氏は、音を描写する形容詞が用いられていない第12句の歌詞において、普段聞こえてこないような音が喚起される点を賛美している。
それから、第13〜17句の五句は転に当たる部分である。歌い手は聞き手の視覚や聴覚に刺激を与えた後、その想像力を刺激するような作戦に転じる。目で見ることができない大蛇や龍、そしてどこかにいるミツバチや人々、さらには幸せのような抽象的なものまで聞き手に想像させ、聞き手が春の美しさをダイナミックに感じられるように歌っている。
最後に、第18〜19句の二句は結に当たる部分である。自分の歌を完結させると同時に、歌掛けを誘う形に展開させる働きがある。
以下は、春の歌の押韻体系も考察である。春の歌の押韻体系はこれまで紹介した歌謡と異なる。第4回の賛房歌は、基本的に上の句の最後の音節(脚)と下の句の真ん中の音節(腰)で韻を踏む押韻体系であった。第5回の祝福歌は、より複雑な押韻体系を持つ(第5回の祝福歌 図1祝福歌の押韻体系図を参照されたい)。一方、図1「春の歌の押韻体系図」で示すように、春の歌には賛房歌と祝福歌と異なる押韻体系を持つとはいえ、その両者の押韻の特徴を併せ持つと言える。

図1 「春の歌」の押韻体系図(同じ色は同じ韻である)
例えば、第4〜5句、第7〜10句などでは、最後の音節(脚)と下の句の真ん中の音節(腰)で韻を踏む点は第4回の賛房歌と同じである。また、第1〜5句(第1節)、第7〜10句(第2節)、第18〜19句(第4節)などでは、最初の音節(頭)は同じ韻、第2、3、4句の最後の音節(尾)も韻を踏んでいる点は第5回の祝福歌と共通している。
一方、第6〜12句(第2節)では、真ん中の音節(腰)はすべて鼻音が含まれる韻を踏んでいるだけではなく、第7と8句、第8と9句、第9と10句は真ん中の音節(腰)も韻を踏んでいる。第10と11句は最初の音節(頭)と最後の音節(尾)韻を踏んでいる点は特徴的である。その他、第12〜17句(第2節の末尾句から第3節まで)では、上の句の最後の音節(尾)と下の句の最初の音節(頭)と押韻している点も特徴的である。
八桂方言の歌詞には、標準チワン語と異なる方言形の単語が現れる。本連載では標準チワン語の対応語を当てて対訳するため、八桂方言と標準チワン語における異なる単語の対応表を以下に示す。
出現位置 | 田林八桂方言 | 標準チワン語 | 意味 |
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4句目 | limh | rimh | 木藍 |
4句目 | yaej | yawj | とても美しい |
6〜8句目 | loeg | roeg | 鳥 |
6句目 | laez | raez | (大きな声で)鳴く |
9〜11句目 | jang | gyang | 中 |
11句目 | jij fanz | gij fanz | ヨツメジカ |
12、15句目 | laz | raz | 探す |
12句目 | lim | rim | 満ちている |
13句目 | ndae | ndaw | 中 |
15句目 | longz | rongz | 巣 |
16句目 | hunz | vunz | 人 |
16句目 | bwengz | biengz | 天下の・世界の |
17句目 | yuq | youq | で |
18句目 | vwen | fwen | 歌 |
19句目 | bux moq | boux moq | 他の人 |
2023.4.25
(こう・かいへい/一橋大学大学院言語社会研究科 特別研究員/国立国語研究所 非常勤研究員)