第7の手紙
ムナカタへ
元気ですか。拝啓。こんにちは。そちらメールもLINEもできないそうなんでしょうがないから手紙を書きます。電話くらいさしてくれればいいのにと思うけど個室じゃないと無理なのかな。まあ来週には退院ってきいたので、安心しています。大事にして、早くもどってこいよな。
学校はべつに特に変わったこともありません。授業はあいかわらずだるく、先生はあいかわらず目が泳いでるので、ぼくらもあいかわらず。けど実はちょっと相談したいことが一コある。ちょっと変なことがありました。何かというと、こないだじいちゃんが亡くなって、それでぼくもやっと何というかホットしたというかで、ずっと放ったらかしてた机の上とか片づけて、学校の机の中も片づけてとかしてたら、ガッコの机の中に、ぐしゃぐしゃに突っ込んだいろんなものや技術の教科書やらそういう置きっぱなものの中に、紙きれの折りたたんだのが差し込んであるのに気づいた。いや、あるのには前から気づいてたんだけども、それずっと前に自分で書いた数学の公式のメモだとばっかり思って、クラス替えのときにも、確認もしないで、グシャグシャな山ごと新しい机の中に放り込んだんだよね。でも、今回やっと整理しながら、さすがにもう捨てようと思って一応見てみたら、なんか、わけわかんない手紙みたいなので。「これはラブレターじゃありません」みたいなこと書いてあって、気味悪いんです。ほら冬に、「呪術廻戦」の出だしの話したよね覚えてる? 覚えてないかもしんないけど、したんだよ確か。イタドリくんのじいちゃんが「おれみたいになるな」て言って死んで、それが「正しい死」だとか言われるのが意味わかんねって話だったと思います。その話おれらがしてんの聞いちゃったとかって、たぶんクラスの女子なんだけども、なんかキレたような手紙でさ。おれが、あのアニメ作った人はきっと自分のじいちゃんのこと好きじゃなかったんだろうって言った(あんまよく覚えてないけど、言ったらしい)っていうので、つっかかってきてて、自分のじいちゃんが死んだときそれは自殺で、「おれみたいになるな」って言って死んだと思うけど自分はじいちゃんのことが大好きで、大嫌いだけど同時に大好きだからぜったい浄土に行ってほしい、あのアニメで夕焼けがすっごいキレイだからきっとあのじいちゃんは浄土に行ったと思うとかっていう。浄土だぜ? なんか宗教の人だったらしい、その女子のじいちゃんて。そんで、おれがその子とつきあいがあるとか思われるとめーわくだろうから宛名も書かないで「〇〇君」て書くねとかっていうんだけど、クラスにそんなコいたっけ? じいちゃんが新興宗教の人で、信者殺したと思われて迫害?されて自殺して、その孫だっていうのでイジメられて2年休んだっていうんだけどたぶん小学校のころの話だと思う。で、その子とつきあいがあると思われたらオレの評判が悪くなるだろうってんだけど誰だかわかったら教えてください。おれ全然心当たりねー……あ、それで困ってるんだけど、半年も経っちゃってるし、返事要らないって書いてあるんだけど、これおれどうすればいいと思う? 差出人わかんないし、おまえなら、どうしますか。ガン無視でいいと思うか? なんかキミ悪いんで、きいてみた。
入院中にへんな話でごめんな。でも入院してなかったらやっぱ真っ先におまえに相談してたと思うから。気味は悪いんだけど、彼女なりになんかすごく一生けん命書いたらしいってのはわかるんで(でもなんでおれに??)。コピー同封するんで、もしいやじゃなかったら読んでみてくれませんか。いやだったらホーチでいいんで。もし入院中の気晴らしになりそうだったら、読んでみて、感想きかせてください。おまえアタマいいからきっとどう読めばいいかわかるだろ。よろしくたのみます、です。それではまた! お大事に
健斗
第8の手紙
うっす、ケンティ。
手紙ありがとう、わざわざ書いてくれてうれしいです。電話も電話室まで行けばできるんですが、ちょっと思いついたときにかけて、出なかったらまた後でっていう、ちょろっと便利な具合にいかんので、手紙うれしい。てかテガミってものもらったのっていつぶりだろー。年賀状くらいではないだろうか。手書きでこういうもの書くのも久しぶりで、漢字もろくに書けんがまあ許せ。
ブキミな手紙よみました。確かにかなりドン引きだな! けど彼女?なりに一生懸命なんだろうっていうのもケンティのいう通りだろと思った。オレも確かな心当たりってのはないけども、ユウとかリュウとかいう女子がそれだったんじゃないかと思う。じいさんが外国人なんだよな? わからんけど、いつもハブケて隅っこのほうで目立たないようにしていて、ときどき休んでた彼女がそうなんじゃないだろうか。今どこのクラス? シューキョーがどうとかいうことはオレは知らんが、ひょっとしたら女子の間では噂になってたりしたのかもな。男子の間でもかも。でもおまえが知らないんなら、男子は知らないんじゃないのかね。ともかく彼女(だとしたら)、そういう噂とかマスコミ?とかSNSとかでよっぽどイタメつけられたんだろうなってのは感じるんで、あんまりブキミとか言ったらかわいそうな感じする。書いてあることが全部本当かどうかもよくわからないけど、もし本当だとしたら、書いてある通りに読んでやったらいいと思う。で、返事要らないって書いてあるんだからそれもその通りに、返事しないでやるのがいいんじゃないか――っていうのはオレの直感で特にこれっていうコンキョはないけども。でもし書いてあることが嘘っぱちで、わけのわからんイタズラか妄想か何かなら、もちろん返事する必要はないだろう。つまりどっちにころんでも、返事しないのがいいっていう結論になる。ほんとにユウだかリュウだかの彼女かどうか、わからんしな。
まーオレが得意なのは数学で国語じゃないから、こーいう結論にしかならないってゆーか、直感的なことしか言えないけどもな。てか正直、これ以上細かく読むのはめんどくせえ(ゴメンm(__)m!)んで、もっとメンミツなことがききたいなら、国語が得意な、高木とかに訊いてみたほうがいんじゃないだろうか。オレは2年になってクラス分かれちゃったけど、ケンティと高木は確か今も同じクラスだろ。
机の中に突っ込んである紙が、自分が書いた数式メモだと思いこんでたっていうの、笑いました。おれも覚えある、そういうの。小学校のころだけど、化学式書いたメモだと思って放っといたらホントにラブレターだったつの。やっぱ半年経ってて焦った。特に好きな子じゃなかったけど、それだけに何かすげえ悪いことしたと思って大汗かいてドモリながら謝りにいったら、もう彼氏いるから気にしないで、ってさ。女子ってほんとマセてんのな。じゃ、また!
ムナカタ
第9の手紙
ムナカタへ
どうも、ケンティです。返事ありがとう、なんか、すっきりした、ありがとうサンキュ。差出人は、確かにユウらしい気もするし(今もうちのクラスにいるよ)、その気になっていろいろ聞いて回ればすぐわかるんだろうね。けどそんなことはしないで、返事もしないことにする。半年たって、彼女(?)いま何考えてるかもわからないし、へたに返事して、こじれたらいやだから。それに、彼女ひょっとして、おれがもう半年前にちゃんとテガミ読んでて、それで知らないふりして自然にふるまってるとか思ってくれてるかもしれないので。
それで返事はしないことに決めたけども、それはそれで、やっぱり気になってきた。つまり書いてあることが本当のことなのかそうでないのかが気になってきました。本当にあんな人たちっていうか、ああいうじいさんとああいう孫が、いるもんなんだろうか、いるとしたら、「正しい死」とかそういうことは、どうなるんだろうとか。彼女の「テガミ」には、正しい死とかについては書いてなかったから、よくわからんくなった。
高木に訊けとのことですが、高木とはぼくは一度も話したことがなくて、なんか声かけづらいというか、近寄りがたいところがあるんでためらっちゃいます。最近あんま学校来ないし。ムナカタ早く戻ってきてよな! みんな待ってるよ。
kenty
第10の手紙
ケンティ
すまん退院が延びてしまった。いまどき結核とか笑えるけど、ちゃんと治してからでないとデンセンするといけないから(実際のところは、ちゃんと治療すればほぼデンセンしないらしいけどな)。今年は夏休みが完全にパアになってしまって悲しいったらない。涼しくなるころには戻れたらいいなと思います。けどまだちょっと熱あるから。
なので、また手紙を書きます。屋上に出てじっとしていることはゆるされるので、わりと暗くなるころまで屋上にいて星を見てる。望遠鏡があるといいんだけどね。天文部の望遠鏡はショボくてどうにもならんので新しいの買ってほしいんだが予算がないとかで買ってもらえないのがとても残念。前々から写真だの動画だのというものは星を見るためにあると思ってるけど、自分の肺とかレントゲンで見ると、ちょっとモノクロの星雲みたいでおもしろい。ここが治ったとこですとか言われるんだが、まだ治ってないとことどう違うんだかよくわからない。星雲の写真でここが爆発したガスのとこですって言われるのとあんまし変わんなくって、今の写真なのか何百年も前の写真なのかね、不思議だなって思います。
高木は確かに近寄りがたい感じがするかもしれないが、話しかけてみれば気さくな、いいやつだよ。と思うけどな。おれが戻ってればツナイでやるんだが、こんなざまなんで申し訳ない。いっそテガミでも書いてみたら。もの読むのは好きらしいから、読むだろ。今日は悪いけどこんなとこで。いつも走り書きですまん。またなっ!
ムナカタ
第11の手紙
高木君
はじめまして、同じクラスの岩間健斗といいます。同じクラスなのに、はじめまして、というのもおかしいですが、ひょっとしてぼくのこと知らないかもしれないと思うので。実は突然ですが相談があります。宗像君から、高木君に訊いてみろといわれました。それで訊こうと思ったのですが、きみは、あまり学校に来ないし、来てもすぐ帰ってしまったりすると思いますし、LINEのアカウントもメールアドレスも知らないので、すごく時代サクゴかもしれませんが、こうやって手紙を書いています。手紙は、靴箱の中に入れておきます。
ご相談したいことは、この手紙に同封した、ある女子(だと思います)からぼく宛てにきた手紙(のコピー)にかんすることです。この手紙はぼくの机の中にいつのまにか入っていたもので、半年たってやっと気づいたのですが、あんまり意外な内容なので、どうしたらいいものか、悩んでいます。いろいろ考えて返事はしないことにしたのですが(差出人がはっきりしないので返事のしようもないのですが)、それでも、書いてあることが本当のことなのか気になるのです。というよりも、なんというか、この手紙がどういうものなのか、ぼくにどうしろというつもりでこんな手紙を送ってきたのかが、気になってならないので、国語の得意なきみに読んでもらったら、何かわかるんじゃないかと思いました(というかムナカタがそう言っています)。それで、イヤなら断ってくれていいんですけど、もしよかったら、読んで、何か聞かせてくれないでしょうか。
内容について、読んでもらう前にちょっと補足しておかないといけません。もともとぼくがクラスで話していたのは、『呪術廻戦』の第1話で主人公のじいさんが「おれみたいになるな」というセリフを言って死ぬ場面がすごく悲しい演出をされているのに、後半で主人公が「じいさんは正しく死んだ」とか言って、それが「正しい死」だということにいきなりされているのが意味わからないという話で、それでぼくは、作者は自分のじいさんのことが好きじゃなかったんだろうって言ったらしいのです。ぼくそのことよく覚えてないんですが、もしそういうことを言ったとしたら、それは、「おれみたいになるな」と言って死ぬのがイヤなのではなくて、それがわけもなく「正しい死」にされることがイヤというか、そういうことは、自分のじいさんが大好きな人がやることじゃないと思ったはずでした。ぼくは、ぼくの大好きなおじいさんが寝たきりになっているのを介護していて、ときどき「こんなふうになるな、おれみたいになるな」って言われてるような気がしていたので、そういう状態のときに死なれたら悲しくて悔しくてやってらんないだろうと思ったのです(ついこの間、亡くなりました)。ぼくは、この手紙の彼女が言っていることと、「正しい死」がどうとかいう話が、どうつながるのか、わからないで、気になっています。差出人が誰なのかも、もしわかったら教えてほしいとも思いますが、知りたくない気もして、そこも、どうしたらいいかよくわからないです。
ちなみにムナカタは、たぶんユウという女子が差出人だろうけれども確証はないと言います。この手紙がマジメな手紙なら、書いてある通りにマジメに読んでやればいいし、いたずらなら、放っておけばいい、どっちみち返事は要らないだろうと言うのですが、きみはどう思いますか?
変な相談ですみません。返事はいつでも構いません(無視してもいいです)。よろしくおねがいします。
岩間健斗
第12の手紙
岩間健斗 様
はじめまして、高木です。お手紙ありがとうございました。お返事が手書きでなくてすみません。岩間君と話すのは(話しているわけではないけれど)初めてですが、お顔とお名前は一致しています。たまに、妹さん?を連れて歩いているところを見かけることもあります。ぼくは兄妹がいないので、うらやましいなと思って眺めていたりします。
問題の手紙、読みました。結論からいうと、宗像君が「書いてある通りに読んでやればいい」と言ったというその言葉に、付け加えるべきことはそれほどないように思います。とはいえ、では何が書いてあるのか、どう読めば書いてある通りに読んだことになるのか、については、少し考えてみなくてはならない気に、ぼくもなりました。
差出人はたぶんユウさんなんじゃないかという宗像君の推測は、もっともだと思います。去年ぼくらのクラスには柳さんというのと朱さんというのと2人、それらしい名前の女子がいましたけど、朱さんのほうはこんなに日本語が上手ではないので、おじいさんの代から日本にいるとは思えない、たぶん柳さんのほうだろう、彼女はいつもクラスの片隅に隠れるようにひとりでいたから――という考えかたはとても自然です。けどまた、おじいさんの代から日本にいるとなればすでに日本の名前になってる可能性も高いですから、そういう女子で、なんとなく人目を避ける感じでひっそりしていた子がいたら、その子がそうであるかもしれません(すみません、ぼくはあまりそういう子を把握していないです)。
ただ、おじいさんの代からいる、にしては、微妙に日本語がおかしいと思います。例えば「今のように死ぬことに対して」とか、「Aさんもじいちゃんも、あんなに敬虔になってたとしても、浄土に行けなかったから」とか、「極楽なところにいけるようにって思ってるほど、あの人は自分のおじいさんのことが実は大好きだ」とか。「今のように死ぬことに対して」というのは、呪術廻戦のその場面でそんなふうに死ぬことに対して、という意味だと思いますが、「こんなふうに死ぬ」というのを中国語に下手に訳すと「像现在这样死去」となったりして、これをもう一度逐語的に日本語に訳し直すと「今のように死ぬ」となるので、このあたりなんかは中国語話者くさいと思います(ぼくもハンパだけれど中国語話者でもあるから、何となくわかるのです)。「あんなに敬虔になってたとしても」は「あんなに敬虔であったのに」、また「極楽なところにいけるようにって思ってるほど」というのは、「極楽なところにいけるようにって願うほどに」という意味でしょう。「としても/のに」とか「ほどに」とかは何語であっても外国語話者には難しいものだと思うのですが、「なってた」「思ってる」が、英語でいう現在進行形になってしまってるあたりは、やはり中国語ぽく、三代目とは考えにくい、おばあさんのほうが日本人ならなおさらです。それも確実なことは言えないですが、そうだとすれば、おそらく柳さんではないでしょう、中国の人なら柳をユウとは普通読みませんから。そうすると朱さんのほうかもしれません。日本に10年くらいいてすごく日本語のうまい中国人の子が、朱さんの友達にいて、その人が朱さんのかわりに書いてあげたとか――あるいは他の誰でもありえます。うちのクラスの子から話をきいて、別のクラスの子が書いた手紙かもしれないし、うちの学校の子ですらない大人の人が書いた手紙かもしれない。同級生宛てのように見せてるけれども、全体にどこか上カラ目線の文体な気もしますし。そもそも女子ってこういう文体で手紙書いたりするものなんでしょうか、ずいぶん大人びた感じもするけれど、ぼくは女子と手紙のやりとりをしたことがないので、よくわからない。「彼女」の姉さんか兄さんが書いてやったのかもしれない。ウチと書いて女の子みたいに見せてるけれども実は男子だという可能性だってあるでしょうね。女子だとか外国の血をひいてるとかそういう設定は、みんな「設定」にすぎないかもしれない。
そんなふうに考えてくると、差出人が誰かということについては、謎が深まるばかりで、確かなことは何ひとつ言えない感じです。誰だかわかるでしょ、と書いているけれども、実は、誰だか絶対わかってほしくない、のかもしれない。当然、書いてある内容も、本当かどうか全くわからない、全部嘘なんじゃないか、という疑問を抱きますが、差出人はそうやって岩間君を困らせ、困惑させたいんだろうかといえば、そう考えるにはあまりにも、手紙の最初と最後にある配慮がこまやかです。ぼくとしては、「名前はちゃんと知っているよ」というのが脅迫じみていてちょっと怖いなと一瞬思うのですが、「かん違いされるから、〇〇君って呼ぶね」だけで終わったら、ほんとに名前も知らないのかと思われるかもしれない。岩間君でも誰でも、その会話に関わっていた誰に読まれても構わないつもりで書いたんだと思われてしまうかもしれない。岩間君へのこの手紙が、心底まじめに岩間君に宛てたものだとわかってほしければ続けて「名前はちゃんと知っている(けど、あえて書かない)よ」とでも書く以外ないだろうなあとも思うので、脅迫じみて怖くなってしまっているけれども、だからこそ逆に、これはまじめな手紙なんだろう、とも思うのです。
「オカルトとか、人殺しとか」「うわさ、ちょっとくらいは聞いてるでしょ」という、その「うわさ」というのが本当にあるのかどうかは、検索してみればわかるでしょう。ぼくはあえて調べませんが、検索してみて、そういう噂がヒットすれば、それは事実あったことかもしれない。もっとも、ヒットしなくても、事実あったことでないとは限らない。けど、事実あったことだとして、差出人が誰なのかわからないわけだから、差出人がその事件と関わりのある、身内であるという保証はない。噂は事実でも、差出人はそれとは何の関係もないのかもしれない。それでも彼女あるいは彼がこうむってきたという「悪意」は――少なくとも「悪意」をこうむってきたという実感は、事実であるかもしれないと思います。仮にその大半が妄想であるとしても、自分が世間の「悪意」にずっと晒され続けているという思いを持って生きてる人は、ぼくの身の回りにもいたりしますし、そのような「悪意」がまた実際に存在することも事実でしょう。「悪意」というものがどういうものか、「善意」とは何か、ということは、今は追究しないとしても。
最後のほうに、とても印象的な段落がありますよね――
「じいちゃんのことが嫌いなのかって聞かれたら、いまは、「大好きです!」と言いたいんだ。そう答えて、他人の悪意、人の世の無限の悪意をまた実感するのだとしても。じいちゃんがすべての善意を放ったこの世界だから、うちもすべての言葉を尽くしても語り切れないほどこの世界を愛している。その悪意までも。」
ここだけ、何というか、文体が他と違って、何か詩のような、練りあげられた書き言葉というか、そういうものになっている気もします。もし現代文の問題にこれが出て「作者の言いたいことが最もはっきりあらわれている段落を示せ」って言われたら、この段落を示すことになるでしょうね。そのくらい、クライマックス感のある段落ですよね……それは意図してそうしたというより、たまたまそうなったのかもしれませんが。「……を愛している。その悪意までも」といういかにもクライマックスぽい倒置にしても、この彼(女)は手紙の全体にわたって倒置を多く使っていますから。それでも、「すべての言葉を尽くしても語り切れないほど」という、その通りに、彼(女)はあらゆる言葉を尽くして、このこと、つまり「この世界を愛している、その悪意までも」ということを語りたかったのだろう、ひとまず、それは疑いないように思えます。
「あの「おれみたいになるな」って言葉。あの言葉を言ったときのじいちゃんが[ウチは]嫌いだったんだよね。だから〇〇君は、あの言葉を口にするおじいちゃんを作り上げた『呪術廻戦』の作者が自分のおじいさんのことが好きじゃないって感じたんだと思う」とあるのは、岩間君が手紙に書いていることからすれば、まったく彼(女)の「かん違い」なんでしょう。「正しい死」がどうのという話は、彼(女)の耳にはきっと入っていなかったんでしょう。そのくらい、彼(女)は自分のおじいさん(だと彼(女)が言っている人)の死に方と、それにまつわる悪意と善意のせめぎ合いというかそういうものごとに意識を集中させてしまっていた、あるいは、しまっている。岩間君たちの話を聞きながら――それはきっと事実なんでしょう――「おれみたいになるな」と言って死んだ自分の祖父を、祖父のそういう死に方を、ある人が嫌っている、かもしれない、という一点だけが、彼(女)の耳を撃ったんだろうなと思います。嫌いだ、嫌いだと思っている間、彼(女)はきっととても悲しかったので、誰かがそんなふうに自分の祖父を嫌っているという考えを、耐えがたいと思ったのかもしれない。そういう考えは、悲しいので、少しでも、誰にも、そういう考えを持っていてほしくないと願ったのかもしれない。だとしたらそれは彼(女)の「善意」の、唐突で押しつけがましくて、でも自然にあふれ出る、抑えがたい放散なんでしょう。けど彼(女)はまた、それを自分が願っているとは一言も書いていません。むしろ、岩間君にそういう考えを捨ててほしいと押しつけがましく願っているなどと、間違っても思われたくないのかもしれないし――そもそも願ってすらいないのかもしれない。
いま「放散」と書きましたが、それは上の引用箇所で彼(女)が「じいちゃんが全ての善意を放ったこの世界」と書いているからでした。これも印象的なフレーズで、「善意を放った」というのが具体的にどういうことをしたということなのかはサッパリわからないですが、「じいちゃんが全ての善意を放ったこの世界だから」「この世界を愛している、その悪意までも」という。ぼくがこの手紙をどうしても完全なフェイク、完全なオフザケ、あるいは純粋な「布教」として捉えきれず、フェイクだとしてもその核心には真剣で切実なものがあると考えてしまうのは、このフレーズがあるからかもしれません。彼(女)には確かに「じいちゃん」に当たる人がいて、その人が「全ての善意を放った」ということがあって、「だから」「この世界を愛する」のだというのは、単なるよくある新興宗教の教義だけからは出てこない、「大好き」な「じいちゃん」の生き方と死に方を目のあたりにして初めて出てくる言い方のように思いました。だからぼくは、手紙に書いてあるいろんなことが仮に嘘八百だったとしても、この段落に書いてあることは本当なのだろうと思うのです。
もうひとつ本当だろうと思うのは、遺影をカラーにしたい、という話です。「遺影の白黒写真をカラーにするんだ!」という、この「!」はきっと本当だろうと。浄土云々はともかくとして、彼(女)は岩間君たちの話をきっかけにアニメを見て、遺影をカラーにすることを思いついた。「カラーだったら、なんかまだ多彩などこかで「生きてる」ような気がする」。これもきっと本当のことなんだろうと思います。なぜなら単に「この世界を愛している、その悪意までも」という「教義」を伝えたいだけなら、こんな超個人的な話をわざわざする必要はないからです——それをいうならあらゆる「設定」が個人的なわけですが、でも他のことは、「その悪意も含めてこの世界を愛する」ということの説明のために必要な話だけれど、この遺影の話はそうじゃないから。むしろ、「その悪意も含めてこの世界を愛する」と彼(女)が個人的に決意するに至ったその経緯の説明というべきでしょうか。「遺影の白黒写真をカラーにするんだ!」というのと「この世界を愛している、その悪意までも」というのとは、裏表の決意表明ですが、後者と違って前者はそれこそ超個人的な決意表明で、岩間君には全く関係がないです。けど、後者と同様に前者も岩間君に伝えたかったとするなら――というより岩間君に向かって語りたかったとするなら、彼(女)はおそらく、それを岩間君に伝えてどうしてもらおうというのでもなく、単に、岩間君に、決意表明の証人のようなものになってもらいたかっただけかもしれません。
たぶんこのふたつの決意は、彼(女)にとってとても重要なもので、岩間君たちの話がきっかけでこれらの決意に至った、至ることができた、から、それで岩間君が証人に選ばれたんじゃないでしょうか。ひょっとしたら岩間君に御礼を言いたいような気持もあったかもしれません。けど、差出人が何を考えていたのかなど、本当にはわかりようがないことです。書いてあることのどこまでが真実なのかわからないのと同じで。だから岩間君は、彼(女)の決意表明を、ただ読んで、そういうものとして受け取ってあげればそれでいいんじゃないかと思います。宗像君の言う通りに。ぼくだったら、やはりそうすると思います。彼(女)もきっとそれ以上の何かを望みはしないでしょう。
差出人が誰で、どういうつもりでこれを書いたかは、心当たりに訊いてみれば案外簡単にわかってしまうのではないかと思います。けど、わからずにいるほうがいいのではないでしょうか。わからないままでいる限り、ここに書いてある全てのことは、少なくともこれを書いた人にとっては真実だったんだと思っていて構わないだろうから。この手紙にとっては、そんなふうに読んでやるのが一番いいのかもしれません。書いてある通りに読む、というのは、そういうことなんじゃないかなと思ったりします。現実と突き合わせる必要なんか、結局、どこにもないのではないだろうか。
「正しい死」がどうこうということについては、ぼくは『呪術廻戦』を見ていないので、何とも言うことができません。けど、一般論になりますが、「正しい死」なんてものがあるとは思えない。死に、正しいとか正しくないとか、そんな種類分けがあるでしょうか。そもそも何かが「正しい」というのがどいういうことか、ぼくにはわかりません。「間違っていない」ことが「正しい」ことだというのなら、わかるけれど、じゃあ何が「間違っていない」のか、常に間違えずに判断できるとも思えないです。べつに間違っていてもいいんじゃないかと思ったりするのです。なぜなら、間違えずに生きることなんて、できっこないと思うからです。ましてや間違えずに死ぬなんて。『呪術廻戦』というアニメが、いわゆる「正義」を軸にする話で、「正しい死」と「間違った死」を分けて、間違ったほうを排除していくというよくある正義譚なら、そんなアニメは、ぼくは嫌いです――って書くと、でもきっと彼(女)に叱られるんでしょうね、「この世界を愛せよ、その悪意までも」といって。正しいものと間違ったものとを峻別して、間違ったものを排除するという行為は、人の悪意の産物でなくて何でしょうか。だって峻別なんて、やっぱり、できっこないですもんね――善意そのものが、間違ってることだって、決して珍しくないんでしょうから。綺麗な夕焼けはぼくも好きです。けどそれは、悪意とも善意とも関係なく、単なる自然現象だから綺麗なので、善意とか悪意とかに与させられたらたちまち汚らしくなってしまうのではないかなと思います。
岩間君のおじいさんの死が安らかなものであったことを祈ります。
宗像君によろしく伝えて下さい。
高木晴