機関誌『半文』

多摩川の食べられる仲間たち-明日を生き残る人文学徒に捧げる食料調達法-

井上 雄太

第8回「ミツバ・小麦粉・箱カレー」

珍しく雪の積もった3月の終わり、自由に表に出ることが憚られる風潮が強まりはやひと月。

自炊需要の変化に応じてか、近隣のスーパーでは手頃な定番食材はもれなく値上げか品薄である。キャベツ1玉も白菜1/4カットも200円を超えるとなかなか手を伸ばしづらい。乾麺や缶詰、冷凍食材はそもそも棚にないこともしばしばだ。人気のないフィールドに出て野草を採取するにも、筆者の住む地域では移動中に投げられる視線がどうにも気になる。臆病な性質のせいかつい引きこもりがちになる。仕方なくスーパーで食材をそろえる日々が続く。定番の節約メニューばかり作っているとどうにも飽きが出るし 出費もかさむ。ルーティンワークの苦手な筆者としては、日々の自炊の中でも普段は行わない調理法・あまり触れない味付け・値崩れで手に入るようになったこれまで比較的高価だった食材といった刺激を設定すると、だいぶ気が楽になる。ゲームで言うところの急なバージョンアップでこれまでの定石が通用しなくなった際に、どう対応すると楽しめるか探る類の遊びである。並ぶ商品も価格も折角大きく変わったのだから、価格や手間の問題で今しか作る気の湧かなそうなもので献立を試してみようと考えれば、少しは気も晴れる。野菜がないなら野草を食べればよいのではと始めたこの連載だが方針変更、情勢が落ち着くまで品揃えの変わったスーパーで揃うものでも日々の自炊に耐えられるよう、得られた知見を残すこととする。


焼きソラマメ。2020年4月19日撮影。

定番野菜が高騰する側で、手間のかかる食材やあまり家庭では使われない食材、普段少量しか使われない香草類は頻繁に値崩れを起こしている。生産者のことを考えると気の毒だが廃棄されるよりはましだろうとおいしくいただくこととする。例を挙げれば、タケノコ1、ソラマメ、キヌサヤ、ミツバ、パクチーといったあたりだ。小ぶりのタケノコが5つ500円で売られているのを見たときには目を疑った。ソラマメなどやる気のない朝飯にぴったりだ。いちいち皮をむかなくとも寝ぼけた頭で携帯端末でも見ながらコンロの魚焼きグリルで裏表5分程度ずつ焼けば十分うまい。例年の6、7割の価格でも売れ残りが積まれているのを目にすると何ともかなしい。パクチーは合わせる調味料に準備がいるとして、ミツバである。

野生のミツバ。2020年4月11日撮影。
アサリとミツバの酒蒸し。2020年4月18日撮影。

野生のミツバは水辺の日陰などに出るそうだが、筆者の住む川べりではなぜか見かけない。大学内で見かけたこともあるが、大きくなる前に他の草(主にドクダミ)に覆われてしまい、育ったものを見る機会には恵まれない。通常一袋100~150円と量を考えるとなかなか手が伸びない所だが、このところは時折30~40円で見かける。こうなってくると安くなったミズナと変わらない。わしわしと2、3袋購入する。この価格ならまとめてさっとゆでておひたしにしても勿体なさを感じない。薄めためんつゆを入れた保存袋に入れておいて2、3日は保つ。もちろんふだん薬味に使われるだけあって、クセの強い魚を汁物にする際に浮かべてやるとぐんと食べやすくなる。魚のアラなども下処理をしっかりすればミツバの香りで十分食べられる。鶏肉と鍋にしてもうまい2。この日は同じく例年より3割は安くなっている感のあるアサリに割引シールが付いていた3ので一緒に蒸していただいた。アサリは好物のわりに可食部が少ないため、このところ手が出せていなかったので嬉しい。卵焼きや親子丼は定番だが、卵つながりでマヨネーズと和えてタルタルソースにすると揚げ物のアクセントにとても良い。粉を振って焼いた魚などにもよく合う。

うどん。2020年3月30日撮影。

今年はフキノトウの出が早かった。3月後半にはタケノコも顔を出し始めた。全体的に例年より2、3週間は早く季節が進んでいたようだ。ピークが近いのに採取ポイントには近づきがたい。家の中で腐っていたところ、SNSで自作うどんの記事が回ってきた4。綿棒以外変わった道具の必要はなさそうだ。記事によれば、酒瓶でも代用は可能とのこと。うどんは買うものとばかり思っていたが、一度くらい手打ちを試してみるのもよいだろう。手の皮膚が弱く粉はめったに扱ってこなかったが、こねていると案外楽しくなってくる。ストレスを生地に向けて発散するわけである。茹でてみればエッジの効いたつるっとした表面にもちもちとした歯ざわりでなかなかいける。近所のスーパーで時折麺類の棚が空になるので、保険になるような気もしてうれしい。一度二度うまくいくと欲が出てくる。重曹を混ぜ込んでラーメンもどき、卵と油でパスタ、とレパートリーを増やしたり、粉の種類や水の温度を変えてみたりとかなり遊べる。ラーメンには一般的には「鹹水(かんすい)」を用いるが、スーパーでの入手性の悪さ・通販の場合1パックが巨大、といった問題により、重曹を使用するのが手軽だ。重曹は野草のアク抜き、漬物の色止め、菓子作りにも利用できる。100円程度のものでもそれなりに持つので、この際買っておいてもよいだろう5。チャーシューの類は買うと高いので事前に煮豚の類を作っておくと話が早い。安いブロック肉を塊のまま2、3分下茹でし、新しい湯で沸かない程度の温度6で香味野菜と2時間ほど茹でた後7、保存袋で醤油漬けにしてしばらく寝かせる。ゆで汁250cc程度と煮詰めた漬けダレ50cc分を合わせればそれなりにうまいラーメンスープだ。一味足りなければ粉末だしをたしてやればよい。煮干や昆布などがあれば、ゆで汁に放り込んで旨みを足してもまたうまい。暇があれば、チャーシューの表面を軽く炙ってやると香ばしくなる。パスタは寝かせ時間が短いとゴワゴワとした歯ざわりになるが、これはこれでソースとよく絡み食べでがある。トマトやクリーム、ミートソースといったガッツリしたものと合う。なめらかにしたければ、面倒だが生地を寝かせる時間を長めに取るのがよい。手軽な解決策は今のところ見つかっていない。

ガレット。2020年4月6日撮影。

粉物が軌道に乗ってきたら蕎麦に挑戦してみるのもいいが、まあ難しい。500円といくらかで食べられる外のもりそばのありがたみがよくわかる。心が折れたら余りの粉は水と卵で薄く溶いてフライパンで焼いてガレットにでもすれば使いきれる。具としてはベーコンエッグ、トマトソースとチーズでマルゲリータ風、焼き野菜と宅配ピザかトーストにのっていそうなものなら大概うまくいくようだ。右の写真のように端っこを軽く折りたたむとよりそれらしい見た目になる。

豚肩ロースの計量。2020年3月29日撮影。
カット済みのカレー具材。2020年3月29日撮影。

転勤先で一人暮らしを始めた友人が近所で開いている飲食店もわからないしとSNSでカレーの作り方を訊いていた。その場では「箱の裏に書いてある通りに作ればおいしくできる」とどこかで聞いたような返信をしたのだが、果たして最後に箱の通りカレーを作ったのは何年前のことだろうか。間違いなく10年はやっていない8。知ったかぶりをしてしまったようでなんとも恥ずかしい。そのまま作ったルウの味はどんなものだったろうか。つい、ローリエを入れ、トマト缶を入れ、焼き野菜をのせてしまうのだ。一度ルウの味を確かめる必要を感じる。大手メーカーがひろく受け入れられると開発した味だ。勉強して損はなかろう。早速自宅にあった同居人の好物、ハウス社のバーモントカレー中辛の箱の裏を確認する。肉・ニンジン・タマネギ・ジャガイモ、これ以外は使わない。中1個といった個数表示の横にグラム表記もある、素材をあまり半端に残しても困るのでなるべく10g以内の誤差を目指すことにする。音漏れをあまり気にしないで済む環境であれば、目標重量との差に「8gオーバー!!」だの「目分量なのにピッタリ! すごい!!」だのと大げさにリアクションを取ってみるとなんだか楽しくなってくる9。ルールはまとめると以下の通り。

  1. 箱に書いてある手順をすべて実行する
  2. 箱に書いてある素材のみを使用する
  3. 箱に書いていない手順を追加しない
できあがりのカレー。2020年3月29日撮影。

玉ねぎの多さに驚きつつ、大ぶりにしてしまいがちな具材を一口大に切り分ける10。折角なのですべての具材のサイズをなるべくそろえる。表記の煮込み時間が30分程度と少なめなので、サイズは3cm11を超えない程度がよいだろう。鍋に入れてじっくり炒める。野菜の煮崩れを防ぐのと香りを油に移すのが狙いだ。野菜の角を斜めに削る面取りを行うとさらに煮崩れを防げるが、箱に書かれていないためここでは避ける。ある程度煮崩してルーに溶け込ませる想定かもしれない。ここで酒蒸しやら蒸し煮やらもつい考えてしまうが余計なことはしない。筆者の鍋では、油→脂身を下にした肉→タマネギ→人参→ジャガイモの順に重ねてから火をつけ、ある程度火が通った時点で混ぜ始めるとこびりつきが起きにくい。箱に記載のサラダ油大さじ2杯は、普段手癖で鍋に敷いている量と比べるとちょっと驚く量だ。具材がこびりつきにくくなるのに寄与しているのだろうし、ルーもこの量を前提とした配合になっているのだろうと、積極的に信用していく。箱の指示通りに水を入れアクを取り煮込む。安い豚を使う場合はそれなりにアクを取らないと、できあがりのルウが臭くなってしまうので注意が必要だ。アクは取れば取るほどコクも減ってしまうので、さじ加減は適宜調整してほしい。豚肉は中心温度63℃で30分、75℃で1分以上の加熱が必要12といわれている。今回使った肩ロース13の場合65~70℃で加熱すると肉が固くなりすぎず好みだ。一度火を弱めてからは再沸騰させないようこのあたりの温度を狙っていく。煮込み時間は箱に記載の通りで十分だろう。気になるようであれば、肉にデジタル温度計でも刺してみれば細かい温度もわかる。煮込んでいる間にルウが溶けやすいように刻んでおく。このくらいの手順追加はセーフだろう。することがないので、サラダをちぎったり、卵を茹でたりする。1食で想定される肉が50g程度のため、タンパク質の不足を補うのがねらいだ。火を落とし、ルウを溶かし、再び箱の通りに煮込んだら皿に盛りつけてできあがりだ。甘口なことで有名なルウだが、普段よりスパイスの香りが強くたつ。一口大に切りそろえたため、30分に満たない煮込み時間でも具材は柔らかに仕上がっている。その後筆者の好みのヱスビー社のゴールデンカレー中辛で同様にカレーを作ったところ、普段よりコクが強く香りが薄く感じ驚いた。トマト缶を入れないだけでここまで印象が変わるとは想像していなかった。どちらも非常にまとまりのよい味だが、好みの味とは少しずれる14。クミンの乾いた香りとカルダモンの華やかさ、トマトの酸味あたりが欲しくなる。ともあれここがスタートである。気が向いたときに具材や香辛料を足し引きするための基礎となるだろう。

2020.6.15

 

(いのうえ・ゆうた/一橋大学大学院言語社会研究科)