機関誌『半文』

多摩川の食べられる仲間たち-明日を生き残る人文学徒に捧げる食料調達法-

井上 雄太

第8回「ミツバ・小麦粉・箱カレー」

珍しく雪の積もった3月の終わり、自由に表に出ることが憚られる風潮が強まりはやひと月。

自炊需要の変化に応じてか、近隣のスーパーでは手頃な定番食材はもれなく値上げか品薄である。キャベツ1玉も白菜1/4カットも200円を超えるとなかなか手を伸ばしづらい。乾麺や缶詰、冷凍食材はそもそも棚にないこともしばしばだ。人気のないフィールドに出て野草を採取するにも、筆者の住む地域では移動中に投げられる視線がどうにも気になる。臆病な性質のせいかつい引きこもりがちになる。仕方なくスーパーで食材をそろえる日々が続く。定番の節約メニューばかり作っているとどうにも飽きが出るし 出費もかさむ。ルーティンワークの苦手な筆者としては、日々の自炊の中でも普段は行わない調理法・あまり触れない味付け・値崩れで手に入るようになったこれまで比較的高価だった食材といった刺激を設定すると、だいぶ気が楽になる。ゲームで言うところの急なバージョンアップでこれまでの定石が通用しなくなった際に、どう対応すると楽しめるか探る類の遊びである。並ぶ商品も価格も折角大きく変わったのだから、価格や手間の問題で今しか作る気の湧かなそうなもので献立を試してみようと考えれば、少しは気も晴れる。野菜がないなら野草を食べればよいのではと始めたこの連載だが方針変更、情勢が落ち着くまで品揃えの変わったスーパーで揃うものでも日々の自炊に耐えられるよう、得られた知見を残すこととする。


焼きソラマメ。2020年4月19日撮影。

定番野菜が高騰する側で、手間のかかる食材やあまり家庭では使われない食材、普段少量しか使われない香草類は頻繁に値崩れを起こしている。生産者のことを考えると気の毒だが廃棄されるよりはましだろうとおいしくいただくこととする。例を挙げれば、タケノコ1、ソラマメ、キヌサヤ、ミツバ、パクチーといったあたりだ。小ぶりのタケノコが5つ500円で売られているのを見たときには目を疑った。ソラマメなどやる気のない朝飯にぴったりだ。いちいち皮をむかなくとも寝ぼけた頭で携帯端末でも見ながらコンロの魚焼きグリルで裏表5分程度ずつ焼けば十分うまい。例年の6、7割の価格でも売れ残りが積まれているのを目にすると何ともかなしい。パクチーは合わせる調味料に準備がいるとして、ミツバである。

野生のミツバ。2020年4月11日撮影。
アサリとミツバの酒蒸し。2020年4月18日撮影。

野生のミツバは水辺の日陰などに出るそうだが、筆者の住む川べりではなぜか見かけない。大学内で見かけたこともあるが、大きくなる前に他の草(主にドクダミ)に覆われてしまい、育ったものを見る機会には恵まれない。通常一袋100~150円と量を考えるとなかなか手が伸びない所だが、このところは時折30~40円で見かける。こうなってくると安くなったミズナと変わらない。わしわしと2、3袋購入する。この価格ならまとめてさっとゆでておひたしにしても勿体なさを感じない。薄めためんつゆを入れた保存袋に入れておいて2、3日は保つ。もちろんふだん薬味に使われるだけあって、クセの強い魚を汁物にする際に浮かべてやるとぐんと食べやすくなる。魚のアラなども下処理をしっかりすればミツバの香りで十分食べられる。鶏肉と鍋にしてもうまい2。この日は同じく例年より3割は安くなっている感のあるアサリに割引シールが付いていた3ので一緒に蒸していただいた。アサリは好物のわりに可食部が少ないため、このところ手が出せていなかったので嬉しい。卵焼きや親子丼は定番だが、卵つながりでマヨネーズと和えてタルタルソースにすると揚げ物のアクセントにとても良い。粉を振って焼いた魚などにもよく合う。

うどん。2020年3月30日撮影。

今年はフキノトウの出が早かった。3月後半にはタケノコも顔を出し始めた。全体的に例年より2、3週間は早く季節が進んでいたようだ。ピークが近いのに採取ポイントには近づきがたい。家の中で腐っていたところ、SNSで自作うどんの記事が回ってきた4。綿棒以外変わった道具の必要はなさそうだ。記事によれば、酒瓶でも代用は可能とのこと。うどんは買うものとばかり思っていたが、一度くらい手打ちを試してみるのもよいだろう。手の皮膚が弱く粉はめったに扱ってこなかったが、こねていると案外楽しくなってくる。ストレスを生地に向けて発散するわけである。茹でてみればエッジの効いたつるっとした表面にもちもちとした歯ざわりでなかなかいける。近所のスーパーで時折麺類の棚が空になるので、保険になるような気もしてうれしい。一度二度うまくいくと欲が出てくる。重曹を混ぜ込んでラーメンもどき、卵と油でパスタ、とレパートリーを増やしたり、粉の種類や水の温度を変えてみたりとかなり遊べる。ラーメンには一般的には「鹹水(かんすい)」を用いるが、スーパーでの入手性の悪さ・通販の場合1パックが巨大、といった問題により、重曹を使用するのが手軽だ。重曹は野草のアク抜き、漬物の色止め、菓子作りにも利用できる。100円程度のものでもそれなりに持つので、この際買っておいてもよいだろう5。チャーシューの類は買うと高いので事前に煮豚の類を作っておくと話が早い。安いブロック肉を塊のまま2、3分下茹でし、新しい湯で沸かない程度の温度6で香味野菜と2時間ほど茹でた後7、保存袋で醤油漬けにしてしばらく寝かせる。ゆで汁250cc程度と煮詰めた漬けダレ50cc分を合わせればそれなりにうまいラーメンスープだ。一味足りなければ粉末だしをたしてやればよい。煮干や昆布などがあれば、ゆで汁に放り込んで旨みを足してもまたうまい。暇があれば、チャーシューの表面を軽く炙ってやると香ばしくなる。パスタは寝かせ時間が短いとゴワゴワとした歯ざわりになるが、これはこれでソースとよく絡み食べでがある。トマトやクリーム、ミートソースといったガッツリしたものと合う。なめらかにしたければ、面倒だが生地を寝かせる時間を長めに取るのがよい。手軽な解決策は今のところ見つかっていない。

ガレット。2020年4月6日撮影。

粉物が軌道に乗ってきたら蕎麦に挑戦してみるのもいいが、まあ難しい。500円といくらかで食べられる外のもりそばのありがたみがよくわかる。心が折れたら余りの粉は水と卵で薄く溶いてフライパンで焼いてガレットにでもすれば使いきれる。具としてはベーコンエッグ、トマトソースとチーズでマルゲリータ風、焼き野菜と宅配ピザかトーストにのっていそうなものなら大概うまくいくようだ。右の写真のように端っこを軽く折りたたむとよりそれらしい見た目になる。

豚肩ロースの計量。2020年3月29日撮影。
カット済みのカレー具材。2020年3月29日撮影。

転勤先で一人暮らしを始めた友人が近所で開いている飲食店もわからないしとSNSでカレーの作り方を訊いていた。その場では「箱の裏に書いてある通りに作ればおいしくできる」とどこかで聞いたような返信をしたのだが、果たして最後に箱の通りカレーを作ったのは何年前のことだろうか。間違いなく10年はやっていない8。知ったかぶりをしてしまったようでなんとも恥ずかしい。そのまま作ったルウの味はどんなものだったろうか。つい、ローリエを入れ、トマト缶を入れ、焼き野菜をのせてしまうのだ。一度ルウの味を確かめる必要を感じる。大手メーカーがひろく受け入れられると開発した味だ。勉強して損はなかろう。早速自宅にあった同居人の好物、ハウス社のバーモントカレー中辛の箱の裏を確認する。肉・ニンジン・タマネギ・ジャガイモ、これ以外は使わない。中1個といった個数表示の横にグラム表記もある、素材をあまり半端に残しても困るのでなるべく10g以内の誤差を目指すことにする。音漏れをあまり気にしないで済む環境であれば、目標重量との差に「8gオーバー!!」だの「目分量なのにピッタリ! すごい!!」だのと大げさにリアクションを取ってみるとなんだか楽しくなってくる9。ルールはまとめると以下の通り。

  1. 箱に書いてある手順をすべて実行する
  2. 箱に書いてある素材のみを使用する
  3. 箱に書いていない手順を追加しない
できあがりのカレー。2020年3月29日撮影。

玉ねぎの多さに驚きつつ、大ぶりにしてしまいがちな具材を一口大に切り分ける10。折角なのですべての具材のサイズをなるべくそろえる。表記の煮込み時間が30分程度と少なめなので、サイズは3cm11を超えない程度がよいだろう。鍋に入れてじっくり炒める。野菜の煮崩れを防ぐのと香りを油に移すのが狙いだ。野菜の角を斜めに削る面取りを行うとさらに煮崩れを防げるが、箱に書かれていないためここでは避ける。ある程度煮崩してルーに溶け込ませる想定かもしれない。ここで酒蒸しやら蒸し煮やらもつい考えてしまうが余計なことはしない。筆者の鍋では、油→脂身を下にした肉→タマネギ→人参→ジャガイモの順に重ねてから火をつけ、ある程度火が通った時点で混ぜ始めるとこびりつきが起きにくい。箱に記載のサラダ油大さじ2杯は、普段手癖で鍋に敷いている量と比べるとちょっと驚く量だ。具材がこびりつきにくくなるのに寄与しているのだろうし、ルーもこの量を前提とした配合になっているのだろうと、積極的に信用していく。箱の指示通りに水を入れアクを取り煮込む。安い豚を使う場合はそれなりにアクを取らないと、できあがりのルウが臭くなってしまうので注意が必要だ。アクは取れば取るほどコクも減ってしまうので、さじ加減は適宜調整してほしい。豚肉は中心温度63℃で30分、75℃で1分以上の加熱が必要12といわれている。今回使った肩ロース13の場合65~70℃で加熱すると肉が固くなりすぎず好みだ。一度火を弱めてからは再沸騰させないようこのあたりの温度を狙っていく。煮込み時間は箱に記載の通りで十分だろう。気になるようであれば、肉にデジタル温度計でも刺してみれば細かい温度もわかる。煮込んでいる間にルウが溶けやすいように刻んでおく。このくらいの手順追加はセーフだろう。することがないので、サラダをちぎったり、卵を茹でたりする。1食で想定される肉が50g程度のため、タンパク質の不足を補うのがねらいだ。火を落とし、ルウを溶かし、再び箱の通りに煮込んだら皿に盛りつけてできあがりだ。甘口なことで有名なルウだが、普段よりスパイスの香りが強くたつ。一口大に切りそろえたため、30分に満たない煮込み時間でも具材は柔らかに仕上がっている。その後筆者の好みのヱスビー社のゴールデンカレー中辛で同様にカレーを作ったところ、普段よりコクが強く香りが薄く感じ驚いた。トマト缶を入れないだけでここまで印象が変わるとは想像していなかった。どちらも非常にまとまりのよい味だが、好みの味とは少しずれる14。クミンの乾いた香りとカルダモンの華やかさ、トマトの酸味あたりが欲しくなる。ともあれここがスタートである。気が向いたときに具材や香辛料を足し引きするための基礎となるだろう。

2020.6.15

第9回「クワ・セイヨウカラシナ・クズ」

5月も終わりになると、大分外出が気軽になってきた。スーパーの棚もある程度はかつての状態に戻っている。移動中にもそれほど視線を感じない。野菜の直売所にも商品が戻った。買い物ついでの寄り道がてら河原へ少し足を向けてみることも増えてきた。というわけで、今回紹介する仲間たちは比較的どこでも見つけやすいものとなっている。


クワ。2020年6月30日撮影。
ビワ。2020年6月30日撮影。

このところ気に入っている直売所は、朝10時に開く。家から少し距離があるが、見かけない色の芋や変わった形の葉物野菜など、興味をそそられるものが普通の野菜と大差ない価格で置かれている。結局サラダにまとめてしまうことが多いが、なれない味のものもあってくじ引き気分なところが楽しい。さて直売所からの帰り道、遊歩道の先から何やらわさわさぼとぼとと音がする。そのまま自転車で近づいてみれば、首からタオルを巻いた男性が木の枝にぶら下がっている。青いビニールシートが地面に敷かれ、男性が上下に動くたびに黒いものが落ちていく。距離をおいて声を掛けてみれば「桑の実だよ、美味しいよ!」とにこやかな返事。なるほど、シートがあれば落ちたてのきれいな実が楽にたくさん取れるわけだ。感心しつつ、あの木からは待っていても実は取れまい、とルートを変更する。昨年クワの実を見かけた通りにもビニール袋を持った人々がうろうろしている。出遅れた。そのまま自転車を進める。季節を迎えたクワの木は足元に実の潰れた黒いシミがあり、探すのが容易だ。ついでに実をつけたビワの木を見かけるがまだ青い1ため通り過ぎ自転車を漕ぐ。しばらくして、人の寄り付いていない木がみつかる。手の届くところにまだ黒い実が残っている。かばんからビニール袋を出し、色の良いものを摘んでいく。指で潰してしまったものはその場で食べる。しっかりとした甘みだ。1週間しないうちにピークが終わりそうな味。ものの15分もしないうちにコンビニの袋が1/3くらい埋まった。自転車の荷台に登ってもう少し高いところのものに手を伸ばそうかとも思ったが、転ぶと袋ごと台無しにしてしまう可能性に気づき踏みとどまった。

クワジン。2020年6月30日撮影。

悪くならないうちにと急いで帰宅したが、袋の底にはいくらか汁が溜まっている。潰れてしまったものはさっさとたべ、残りをさっと洗う。水を通すと甘さが減るが、保存のためには仕方ない。タッパーに詰めるがかなり余る。ジャム瓶を取り出しいっぱいに詰め込み、蒸留酒を注ぐ。定番の果実酒だ。果物の香りをそのまま味わうならホワイトリカーだが、筆者は青臭さの心地よいジン2が好きだ。砂糖は好みで入れると良い。数日おいてソーダで割るなり牛乳で割るなりすれば、涼しげな飲み物のできあがりだ。ジャム瓶に入り切らない分は干網においておけば、簡単にドライフルーツになる。季節柄カビを生やさないよう天気に注意が必要だが、おやつやつまみにちょうどよい。できあがったら、乾燥剤といっしょに保冷袋にでも入れておくと良い。生のものはそのまま食べてもよいが、シリアルに混ぜるなりヨーグルトに混ぜるなりすると、寝坊した日の朝食がしばらく豊かになる。


クワ2。2020年6月30日撮影。

6月半ば、昨年初夏に大学近くの小学生が、菜の花の種を取っていたのをふと思い出す。引率の大人に聞いてみれば、種を集めてマスタードにするのだとか。そういえばカレーやピクルスに使うマスタードシードはカラシナの種だ。スーパーで買うといい値段であるしまだ種がついていたら嬉しい。買い物ついでに例年ナバナを取りに行く近場の河原に向かう。あの辺りはセイヨウカラシナも多い。湿って滑りやすくなった土手を手すりにつかまりながら降りる。すぐ先のコンクリートの護岸の木陰にいくらか黒いシミができている。この木もクワの木だったのか。ついている実はまだ赤いものばかり。先日拾ったポイントの実はもう終わっている。こんな近場で2週間以上熟すのがずれるとは。日当たりと気温の差かと思われるが、目の当たりにすると驚く。黒いものだけ2、3摘んでみるがかなり酸っぱい。これも場所のせいだろうか。

カラシナ。2020年7月1日撮影。
カラシナの種。2020年6月30日撮影。

水面近くに降りてみると、豆のような鞘をピンと立てた背の高い枯れ草がいくつも並んでいる。鞘をとって開けてみると、1~2mmの小さな粒がころころと落ちる。セイヨウカラシナの種はこのあたりで採れるに違いない。春にはアブラナも交じるポイントだが、枯れてしまうと見分けがつかない。葉が丸いものがアブラナ、ギザギザしているものがセイヨウカラシナと見分けていたのだが、肝心の葉がついていないのだ。仕方ないので噛んでみる。同じアブラナ科のワサビに似たひりっとした香り。春に食べるカラシナの花に似たほろ苦さ。こちらがセイヨウカラシナの種だろう。いくつか試してみると、香ばしく辛味のないごまのような風味のものが出てくる。こちらはおそらくアブラナだ。辛いのは好きなので、なるべくカラシナの種がほしい。味見をして辛かった株から種を取る。一鞘々々開いて種を袋に移す作業はかなり根気がいる。だんだんいらいらしてくる。携帯端末で菜種の収穫を調べてみると、これまたブルーシートの上で鞘を叩くのだそうだ。流石にそこまで大規模な量を手に入れても困ってしまう。ビニール袋に鞘だけいれて家で頑張ろうかと思ったら、袋の中で種がパラパラと落ちている。これだ! 適当な茎を摘んで袋に入れて袋ごとガサガサとこすりつける。ガラを取り除いて新しい茎を袋へ。面白いほど種が集まる。嬉しくなって写真を知人3に送る。アンチョビとパスタにしてみたら美味そうとのこと。帰宅後ゴミをふるい早速試すが、筆者には少し油っ気が強い。ソースにマスタード風の香りは確かにあるが、辛味はほとんどない。粒はゴマのような雰囲気だ。調べてみるとどうやらアブラナ科の辛味は熱に弱いそうだ。刻みにんにくとキャベツを足した上で、盛り付け後に非加熱の種を振りかけてみるとうまくまとまった。

カラシナの種というのだから乾燥させて潰せば粉からしになるだろう。としばらく干して4特に調べずすり鉢にかけてみた。かなり油が出てくる。こいつは菜種油の取れるアブラナの仲間じゃないか。どうやら粉辛子は油を抜いてから粉にしているようだ。仕方ないので酢と塩を混ぜてマスタード5にする。できたてはかなり苦味が立つ。寝かせるといくらかまろやかになる。そういえばと一部を冷蔵庫に寝かせておいたビワのジャムと混ぜる。前にチーズのおまけに付いてきたいちじくジャム入りマスタードからの着想だ。カシスと混ぜるものもあるらしいのだからなんとかなるだろうと試してみる。苦さと水気が喧嘩していまいちまとまりが悪い。仕方なく市販のマスタードを少量混ぜる。まろやかさが加わり抜群にうまい。クラッカーにもソーセージにも合うのが悔しい。相性の問題があるのだろうか。ともあれ手間は少ないので手持ちのジャムとの組み合わせを一喜一憂してみるのも楽しそうだ。クワなら自作のマスタードに合うのだろうか。


クズ。2020年6月30日撮影。
ヤブカンゾウ。2020年6月30日撮影。

6月おわり、そろそろヤブカンゾウ6の蕾が出るころだ。2年前、野草の観察会の参加者がおひたしにしても炒め物にしても大変うまいので毎年楽しみにしていると言っていたことを思い出したのだ。雑貨が豊富なスーパーに行くついでに当時のポイントへ自転車を向ける。ヤブカンゾウの姿は見えない。そこら中クズのつるだらけだ。観察会の講師がこれも食べられると言っていたことを思い出し、携帯端末で調べてみる。つるの先を塩ゆでにして皮を剥いたり、天ぷらにしたりするとよいとのことだ。爪を立てるとポキリと折れる。しばらくすると、半透明の白い汁が出てとろりと固まる。この汁、くず餅に近くうまそうな見た目をしている。試しになめてみる。ほんのりくず餅のような香りがするが、舌がざらざらしてとても食べられたものではない。この季節天ぷらは暑さが厳しいので、大人しく茹でてみることにする。同じマメ科の中でもインゲンマメに似た雰囲気だ。おひたしにするとうまいというので、冷蔵庫にあったナスとオクラを生姜入りのつゆでひたしたものに足してみた。皮を剥くのがかなり手間だが悪くない。皮付きのものも味見してみたが、筋張っておりおすすめできない。草を食べているような気分になる。穂先も皮のむきようがないので諦める。後日鯛のアラ汁のあまりで作ったラーメンの具材と合わせたらこちらも美味しくいただけた。油っけのあるものにも合うようだ。なお、ヤブカンゾウは見つけることができたが、蕾は出たばかりで食べられるサイズとは言えない。食べごろまであと1、2週間はかかりそうだ。近場のクワはまだあまり色づいていない。

2020.8.18

第10回「ミゾソバ・ニラ・ハルジオン」

10月を迎えると気温も下がり鍋が恋しくなる。ちょうど筆者の近場のスーパーで海外産の牛肉が豚肉よりも安価になり、珍しく牛を食卓に並べてみようという気持ちも湧いてくる。牛で鍋といえばすき焼きが思い浮かぶもの1だが、生憎春菊はまだ高い。さすがに肉より高い葉物は厳しい、などと考えていたら道端にタンポポを見かけた。こいつもキク科だ、なんとかすることはできないものだろうか。

スーパーの前にもタンポポは生えている。とはいえ、近くに犬の繋がれているのをよく見かけるのでどうにも抵抗感がある。夜も遅いがスーパーの袋を持ったまま近所の川べりに足を向ける。葉のギザギザしたロゼットが、ぽつりぽつりと目に入る。動物があまり近寄らなさそうなところの葉先をちぎり味を見る。筋張った触感に苦さと青臭さ、その後強烈なエグ味。たしかにキクの仲間ではあるが食用には難しい。そもそも春でも天ぷらにするくらい2だ。季節外れの物は厳しいということであろう。諦めて帰宅する。天候の不順もあり、しばらくは家で大人しくしていた。


コイ。2020年6月30日撮影。

10月終わりの休日、かねてより楽しみにしていた植物の観察会に向かう。キク科の食用可能な野草が目当てだ。道すがらコイが数匹背中を見せる小川を見かける。人が1m以内に近づいても全く逃げ出す気配がない。近所で見かけるカモといい、捕獲が禁止されているエリアで見かけると、やたら人慣れしている。可愛いような憎たらしいような複雑な気持ちだ。ともあれマスクにより息がしづらいが久しぶりの天気の良い休日だ。長らく顔を見ていなかった野草の講師のA氏3も健在なようでうれしい。

イヌタデ。2020年11月7日撮影。
ミゾソバ。2020年11月7日撮影。

足を進めていると、所々でピンク色のつぶつぶとした花を縦に長くつけたひょろっとした草が目に入る。イヌタデである。名前にタデとついており、食用のタデとよく似ているが、青臭いだけで味はしない。好んで食するものでもないだろう。食用のものはヤナギタデといい辛みがツンと立つ。蓼食う虫と言われて出てくるのが、むしろ薬味に使えるヤナギタデの方だというのも面白い。かつては筆者の近所の小川沿いで見られたのだが、ここ2年ほど見かけない。イヌタデより背が高く・葉が細いのが特徴だ。指ですりつぶせば独特の香りですぐ判別できる。A氏によれば水際に現れることが多いという話だが、姿を確認することはできなかった。後日それらしきものを探しても見かけるのはイヌタデばかりでなかなか出会うことができない。味噌に混ぜ込んで鶏肉と焼いたらうまそうなのだが、見つからないものは仕方ない。

ミゾソバの実。2020年11月7日撮影。

セリの同定が大分うまくいくようになったことに気をよくしながら進んでいくと、アカツメクサの背を高くしたような花が群生している。こちらはタデ科のミゾソバというそうだ。A氏はサラダにするというので、生食も可能である。さっそく一輪口に含む。ほんのり甘い蜜の香りとぷちぷちとした触感がうれしい。水際に生えるということで、後日筆者の近所の小川でも見つけることができた。買い物帰りや散歩ついでにちょっと彩りを足せるというわけだ。汁物に添えたり、さっと湯がいて4酢の物にするとおいしく頂ける。後日おかわりを採取したところ、成熟したものの中にはソバ殻のような黒い実が入っていた。こちらはかなり硬く同居人にはたいそう不評5であった。食用の際には注意されたい。

ニラの花。2020年11月7日撮影。

公園の隅に30cmくらいの長い茎に小さな白い花が集まっている。こちらはニラの花だそうだ。どこかの畑から種が紛れ込んだのだろう。根元にはたしかに細長い葉が広がっている。ニラに似たヒガンバナ科にはスイセンをはじめとして有毒なものが多いが、匂いと花の形状で見分けやすいのがありがたい。中華料理などに使われる花ニラと異なり、ひとつひとつの花は2~3mm程度と控えめだ。わかれて咲いているので、ニラボウズという風情でもない。毒はないということで、さっそく味をみてみるとすでに実となっている部分や萼の触感の歯ごたえがよくニンニクの芽のような風情である。寝坊して朝を食べ損ねていたので、いい気付けと腹の足しになった。味噌汁の実にと後日採取に向かったところ、花が落ちかけている花茎は地面に倒れこんでいた。なるほどこうして生える範囲を広げていくのかとあの手の花の背が高い理由に納得がいった。


カントウタンポポ。2020年11月7日撮影。
ハルジオン。2020年11月7日撮影。

そんなこんなで河川敷に入ると数年前に紹介してもらったカントウタンポポの群生地が現れた。種類が変われば味も変わるのではと口に含む。小さな株であったこともあるのか、こちらは葉質が柔らかく優しい味だ。自分で育てればベビーリーフあたりと混ぜてサラダにするのが向いているだろう。食べやすいのはよいのだが、肝心の菊の香りもほとんどしない。すき焼きに入れるには不適なのが残念だ。しばらく歩くとタンポポとどことなく雰囲気が似ているが、葉先がまるく毛の生えたロゼットを見かけるようになる。せっかくなのでA氏に聞いてみるとハルジオンだという。ハルジオンは春菊と似た香りがすると聞き、「これだ」と口に含む。悪くない舌ざわりにほんのりと菊の香り、その後アブラナ科によくあるひりっとした香りが口内に広がる。伝えるとA氏もおや、と葉を摘み取り口に含む。ここまであくまで紹介に努めていた講師が、突然道草を食いはじめたことに他の参加者が怪訝そうな顔をするが、キク科の葉になぜこの辛み6が出るのだろうとA氏と首をかしげる。株がまだ小さい時期のため、採取は手間がかかりそうだが、味はかなり気に入った。目当てに近い食材となれば俄然やる気がでる。解散後にポイントに戻り、土が混ざらないように気を付けながらビニール袋に放り込む。意気揚々と自転車をスーパーに走らせ牛肉を探すが国内産の牛肉フェアである。とてもじゃないが手が出ない。しょぼくれつつ、特売を待つ。こういう時に限って輸入の牛は顔を出さない。ともあれ、ハルジオン7はうまい。スパゲッティと混ぜたり、おひたしにしたりするには申し分がない。酢味噌やマヨネーズと和えるのも悪くないだろう 。

牛肉が安くなる日が待たれる。

2020.12.10

第11回「セイヨウカラシナ・オニグルミ」

気温が低くなってくると発酵を伴う漬けものの記事を見かけることが多くなる。白菜を漬け込んで酸味がたってから鍋に入れるだの、キャベツを漬け込んでザワークラウトにするだの、どれも魅力的だ。これを地元の野草でもできまいか。白菜もキャベツもどちらもアブラナ科だ。身近に手に入るアブラナ科の野草でいえばカラシナが好きだ。こいつを漬け込んでやろうという目論見である。


カラシナ。2021年1月5日撮影。

12月上旬、日も傾き始めた所だが、思い立ったところで近所の河原に向かう。夏前にカラシナの種を採取したポイント1だ。ついてみれば、30~50cm程度の幅の縁がギザギザとしたロゼットがあちらこちらに広がっている。なるべく背の高いものの葉先を千切りかじってみる。蜜のような甘みが広がる。追ってヒリッとした辛味。甘みが強いのは寒じめのほうれん草が甘いのと同じ理屈だろうか。菜の花よりえぐ味が少なく、米にも酒にも合わせやすそうだ。せっかくなので縁の丸いアブラナもひとつまみ試す。こちらは辛味がない代わりにあくと苦味をかなり感じる。漬け込むならやはりカラシナと決めた。10分少々摘んでいるとスーパーの袋が一杯になる。200~300gといったところである。


ハヤ。2021年1月5日撮影。

コイ。2021年1月5日撮影。

カラシナをぽきぽきと機嫌よく摘んでいると川面がちらちら光るのが目に入る。小魚の群れが跳ねているようだ。せっかくだからと携帯端末のカメラを構える。その方向の魚がおとなしくなる。別の方向にカメラを向ける、またその方向の魚がおとなしくなる。どうにもうまくいかない。うまく撮れれば種類もわかるかもしれないのだが残念だ。諦めて調べてみたところ、カワムツ・ウグイといったハヤの類の線が強そうだ。揚げ物や佃煮にすれば食用にもなるようだ。そのまま川を眺めていると、30cmほどの黒い魚影が目に入る。コイだ。前号のコイと異なり視線を向けるとだんだんと離れてゆく。こんな近所にコイのポイントがあったのかと、来年の釣魚券のことを考えながら帰宅する。


重石。2021年1月5日撮影。

さて、カラシナの漬けものである。仕込み方を調べてみると塩分は2~10%、つけ時間は3日~1ヶ月と振れ幅が大きい。地域によっては漬ける前にさっと湯がいたり、熱湯をかけたりするようだ。野生のカラシナには寄生虫などのリスクがあるため、さっと湯がいてから漬け込む形式を採用する。塩分は間をとって生のカラシナの重量の5%少々、味は漬け込みながら見ていくこととする。方針が決まったところで鍋に湯を沸かし、カラシナを水でよく洗う。大きなボウルか桶に水をたっぷり汲み、水を流したままその中で洗うと手早く済む。その後、塩を軽く振りよく揉み込む。ボウルいっぱいだったカラシナがみるみるしぼんでゆくのが心地よい。適当な頃合でカラシナをさっと湯通しする。部屋中に特有の甘辛い香りが広がり食欲が刺激される。茹でたカラシナを味見すると十分にうまく、おひたし用に少し取り分ける。残りをザルにとり、熱いうちにあらかじめ量った塩を振りよく揉む2。これを保存袋に入れ、ペットボトルや漬けもの石などで重し3をする。2,3時間も待てば水気が出てくるので、保存袋ごと水の入ったボウルに入れ空気を抜く4。あとは冷蔵庫でできあがりを待つだけだ。半日ほど待てば、ひりっとした漬けものとなる。白飯がよくすすむ。

カラシナを漬け込み始めて3週間、確かにうまい塩漬けだがなかなか酸味が現れない。既に年も明けてしまっている。調べてみると、漬けものを発酵させる乳酸菌は50℃以上の環境には耐えられないようだ。これはしくじった。湯がきすぎだ。仕方がないので、ぬかに半日ほど漬け込んでみる。これはこれでうまいのだが、当初期待していたものからはだいぶ離れる。とはいえ衛生上湯通しは外したくない。邪道な感はあるが、少量のぬかか市販の生のキャベツを菌のスターターとしてみるのがよさそうだ。再び河原に向かう。


オニグルミの実。2021年1月5日撮影。
オニグルミの木。2021年1月5日撮影。

予定通り袋いっぱいにカラシナを採取した帰り道、コイの数が増えていることに気を良くしどう釣ったものかと考えながら歩いていると、登山者風の格好の老年の男女とすれ違う。女性から「こんにちは」と明るい声。この辺りで向こうから声をかける人は珍しいなと挨拶を返す。藪の中に入っていくのでどうしたのだろうと眺めていると、ナップザックよりビニール袋を取り出している。もしや筆者の同類かと声をかけてみる。聞くと川向うからオニグルミを採りにきたそうだ。こんな近所でも採れたのか5。とはいえオニグルミの季節は秋ではないのだろうかと話を聞いていると、この時期になると、風雨にさらされたオニグルミの実が十分剥がれる上、藪も枯れて入りやすくなるため採りやすくなるのだそうだ。少し距離を取りつつ筆者も試してみて良いかと尋ねると、女性より「みんなのものだから遠慮しないで」と快い返事。女性の言に従い地面を靴でなでる。コツリという感触。程なくオニグルミを手に入れ喜んでいると「クルミは房になって落ちるから、一つ見つかるとすぐ見つかるよ」との声。調子に乗ってガサゴソやっていると、男性もフライパンを用いたかんたんなクルミの割り方や、ホウレンソウのクルミ醤油和えの作り方を楽しそうに話しだす。加えて聞くに、近くに生える棘の生えた若木はノイバラで、秋になる実は食用も可能なのだそうだ。こちらも少し先のカラシナとクレソンのポイントを紹介する。見知らぬ人と話すのは久しぶりでこちらもなんだか嬉しくなってくる。20分たらずで袋がいっぱいとなり、礼をいいつつ帰路につく。

いいことは続くもので、帰り道にナズナ・ハコベ・ホトケノザ6も見つけることができた。今年の七草粥はだいぶ手頃にあげられそうだ。

2021.2.10

 

(いのうえ・ゆうた/一橋大学大学院言語社会研究科)