機関誌『半文』

文亡ヴェスペル 日常系ミステリ-人文学バトルマンガAURORAのためのプレヒストリー・スクリプト-

小説:折場 不仁 漫画:間蔵 蓮

*登場する人物・機関・組織等は、実在のものとは何ら関係ありません

第23回 〈アゴラ〉にて

結局その年は修論完成を諦めて思いきりよく留年を決め込んだ沢渡が、久々に人吉と会って一緒に〈ドーム〉見学へおもむいたのは、春まだ浅い3月初めのことだった。難関の十協大学士入学を果たした者には、合格祝いと入学前学習を兼ねて〈ドーム〉見学のチケットが「お連れ様1名」つきで贈られるのだとかで、ただし3月も下旬になると子供たちの見学期間に入るから、チケット有効期間は合格の決まった2月末から3月半ばまでの2週間余り。名誉の「お連れ様」に選ばれて気をよくした沢渡は、我にもなく少々めかしこんで、おろしたての真っ白なシャツを一着に及んで出かけたが、よく晴れた日を選んだとはいえ、旧球場をすっぽり覆う巨大なガラス温室という態の〈ドーム〉を半日あまり散策してすっかり汗ばんだあとでは、そろそろ日の傾きかける下界の風がさすがにいささか肌寒かった。

「なんだか全身、草の匂いがしますよねー」スカートについて残っていた小さな葉っぱをつまみ取りながら人吉が言う。「んー、花粉の匂いかも」

「ミツバチになった気分?」沢渡も袖の匂いを嗅いでみた。白シャツのそこかしこに、さっそく緑の草摺模様ができている。「お花畑で寝転ぶなんてマンガだけの世界かと思ってたら、別世界ってほんとにあるんだなあ」

「サワタリさん変な言いかた」人吉はころころ笑って、「でも本当に別世界というか、なんか、無菌って感じでしたよね。あれだけ広いんだから野原があるのは不思議じゃないけど、周りを木に囲まれて、寝転んでると上は空しか見えなくって、屋内だとはとても思えないのに、寝転んだら何か汚いもの背中で潰すかもしれないとか、怖いものがいるかもしれないとか、思おうとしても思えないみたいで、もう素直に寝転がるしかないっていうか、イヤでも無心にさせられちゃうっていうか」

「蝶々やハナバチがいるんだから、毛虫も芋虫もいるんだろうし、ヘビもトカゲもいるんだろうけど」

「うん、でもマムシは絶対いないだろうしスズメバチの巣も犬の糞も、腐ったモグラの死骸もきっとないだろうなって」

「腐ったモグラの死骸、背中で潰したことあるの?」

「うん、鳥の死骸ならある、むかし子供のとき、地元で」

「うへー。まあ僕も高校生のころ土手で不用意に寝転んだら、背中の下でモゾッてヒキガエルが動いたことあったけどさ、そういうのは、いいじゃんむしろ。生態系を一応そのまま引き写して育成するっていうなら、モグラとかシカとかサルとかの動物だって導入しないとやっぱりあんまり意味ないんじゃないのかな。まあ、いやしくも見学者を入れるのにマムシとかクマとか放しておいたりはさすがにできないだろうけど、ああいう乾いた草地を囲んでクヌギやナラの木がいっぱい生えてるようなとこなら、スズメバチだって導入しないとほんとはいけないんじゃないの」

「そのうち導入することもあるんじゃないですかね。そしたらまた別の区域を開放に回すんですよきっと。生態系といっても今のところ動物を入れてないから、むしろ植生というか、生態系からケモノを完全に抜いたらどうなるのかっていう実験になってる感じですね」

「〈ドーム〉がいくら広いといっても、動物を入れるにはさすがに狭すぎるんだろうね。鳥も、スズメとかシジュウカラはいたけど、大きいのはいなかったし」

「いい声で鳴く可愛い小鳥はいっぱいいましたね。やがて小動物を導入する長期的計画があるってパンフレットに書いてあったけど、例えばネズミを入れるなら、ネズミを捕食する動物や鳥だって入れなきゃならないだろうし、大変そう。だいたい食物連鎖の枢要なリングを意図的に操作して生態系を育成するのって、ひとつひとつの実験がきっとすごく時間かかりますよね」

「何十年単位だよねたぶん。開始してまだ10年経ってないんだから、あと20年くらいはこのまま行くのかなあ。その間にウサギとかシカとかタカとか、みんな遺伝子操作で小型化して導入するとか?」

「そうなると育成の方向性がおのずから変わってきちゃいますね。人工楽園の育成というか」

「うん、人工といっても自然にちょっとずつ手を加えるっていう、要はずっと人類がやってきたことを、ミニマムなサイズで一から意図的にやる感じ? 危険なものや害をなすものを慎重に根こそぎ排除して――」

「一種のディストピア実験ですよね、そうなるとむしろ。ちょっと『テレタビーズ』1とか『ポチモン』2みたいな」

「それでも300年くらいやればまた違ってくるかもしんないけどね。いつの間にかスズメが肉食になったり、アマガエルが毒を持つようになったり」

「そのころには実験の目的なんかもとっくに忘れられてるでしょうねー」

「人間が導入されたりしてるかも」

「あー、人間は、すぐにも導入されてもおかしくないですね。あそこに住んでみたいっていう人を募って、無菌状態の楽園で1年暮らしたら心理状態がどうなるかとかそういうのなら、非解放区のほうで実はもうやってそう」

「そういうことも、入学すれば教えてもらえるんじゃない?」

「生化研は遺伝子研究も盛んなんだよね。でもビオトープ3の解説には、そっちとの関係は何も書いてなかったね」

振り返ると、午後の遅い日を浴びてガラスの〈ドーム〉はきらきら輝き、中はもう全く見通せない。本当にまるで何か不穏な秘密を蔵しているかのようで、見学に行く前よりもいっそう謎は深まったように感じられ、沢渡は夕風にそっと身震いをするのだった。

日暮れまで2時間ほどを残すころ、ふたりは〈アゴラ〉のへりをぐるっと回るようにして東北辺の堀端までやってきた。ついでのことに〈キャッスル〉で遊んで晩ごはんを食していこうというのである。〈ドーム〉から掘の内の〈キャッスル〉へ向かうには真北から入るのが距離的には最も近いのだが、北辺がかなりの高台を形成しているため4、少し遠回りでも東北から入るのが便利だ。橋を渡ってゆるやかな長い勾配を登っていくと、桜の木が一面に植わった広々とした一角に出る。もう少し季節が進めばさぞ見事な花が見られるだろう。ところどころに座り心地のよさそうなベンチなどもしつらえられて、これを整備し木々の健康を管理しているのが〈銀鱗〉だというから驚くよねというような話をしながらそこを抜けて川べりをずっといくと、瀟洒なカフェなども見えてきたと思うといきなり裏の内門に出た。ここまでは広い前庭のようなものなのだ。裏といっても、元宮城からすれば、また現在そこに住む住民たちからすれば裏だということで、折々に遊びに来る沢渡たちのような散歩者、あるいは観光客と言ってもいいがそのような人々にとっては、寄浜(よっぱま)中華街にいくつもあるきらびやかな門のどこから入ってもそれなりに表だという程度には表である。キッチュな派手々々しさで飾られた内門を入ると、これまた中華街メインストリートに似た商店街が、所々不規則な角度で折れ曲がりながらずっと南門まで続いているということだった。ごみごみした活気のある街頭には、おなじみ肉まんの蒸し器やらケバブの肉塔やらの他に、お祭りめいた水風船をたくさん浮かしたプールやらリサイクル見切品を並べた平台やらが並び、その隙間をぬって、間口の広いのやら狭いのやら種々さまざま思いおもいの造作を――とはいえどれもどこそこ間に合わせ感を漂わせながら――こらした店の、いやほど大量に吊るした色とりどりの商品の束をまるで暖簾をかきわけるようにかきわけて入ると、中はそれこそ「土産物屋」と呼ぶのが最もふさわしいような様相を呈しているのが多かった。衣類、布類、鞄に靴に宝飾品、便利とも不便とも何ともいいがたい謎の小間物類。あるいは食品、ドラッグ、飾り物、あるいは書籍やDVD。休日のせいか通りも店も賑やかに混んで、あちこちでいろいろな言語が聞かれる。沢渡たちの耳にそれと聞き分けられる西欧系の言語は稀で、掲示物やアナウンスのほとんどがまず英語だった無菌的な白壁の〈ドーム〉とはこれまた極端な別世界のようである。シルクロードのどこかのバザールに迷い込んだような心持ちで「こういうところでは、値切らないといけないのかな?」「さあーどうでしょうねー」などと首をかしげつつ人吉が鮮やかな蝶の象嵌のついた軽いペンケースを試しにレジに持っていってみたところ、値札通りに支払ってあっさり買い物は済んでしまった。してみればここはやはり普通に日本なのである。品物自体は昨今わりとどこにでもあるようなものが多く、値段も特に安くはない。震災で壊滅的なダメージを受けた下町の由緒ある門前通りや「飴六(あめろく)」商店街の一部が引っ越してきたところに端を発したこの〈キャッスル〉本通り商店街は、今やガイドブックにも載っているちょっとした観光名所で、桜公園からこっちに並ぶ瀟洒なカフェもむしろ観光客向けの呼び水なのである。

しばらく歩いたところでぐっと大きく曲がると、通りはやや広さを増して、立ち並ぶ商店も少しく重厚さを増してきた。築年数はむろんたかだか十数年で、もとは丈夫なだけの俄か作りであっただろうものを、改築を重ねて不思議なメルツバウ5的様相を呈した家屋を、調理道具やら食器家財、生地反物や文具・用紙、はたまた仏壇神棚といった比較的に伝統的生活基盤に密着した用品の店舗が何店かでシェアしている6かと思えば、携帯ショップや旅行代理店、銀行などが普通に進出していたりする。コンビニやファミレス、大手ドラッグやスーパーは見かけない。通りをはずれた奥のほうには住民のためにひょっとしたらコンビニなどもあるのかもしれないが、通り沿いの店舗はどれも3~4階建てで、その裏がどうなっているのかさっぱりわからない。ところどころに開いた路地の入口にはやはり商店が並んでいることもあったが、路地はおおむね湾曲していて先は見通しにくかった。それに〈キャッスル〉の名にふさわしい主要建築物群がそもそもどこにあるのかも、地図で知らなければ見当がつかない。入口に看板地図があったけれど沢渡も人吉ものんきに構えてろくに覚えてこなかったから、斜めの微妙な角度で折れながら続く道をたどるうちに、いつしか方角もよくわからなくなっていた。それでも人波について道なりに歩いていけばそのうち〈キャッスル〉を経て南門に出るだろうことはわかっているから、べつだん気にもせずゆらゆら歩く。「あ! 蝶々!」と人吉がふいに歓声を上げた。「ね、ね、あれ、モンシロじゃない? モンシロですよう」「ええ? まだ3月になったばかりだよ? こんなに早く? こんなところで?」「さっき〈ドーム〉にいたじゃないですか、逃げてきたのかも。凍えちゃう」「あの厳重な気密ドームから、まさか、それに遠いし」「わかんないけど、とにかく獲ってみます!」確かに白い小さい丸みを帯びた蝶々がひらひらと弱々しいはためきで一本の路地によろめくように入っていくのを、人吉は浮き浮きと常時携帯の捕虫網を取り出して柄をスチャッと伸ばすと、ショルダーバッグを背中に回すようにして両手でしっかと網を構えつつ、おかっぱ頭を一振りして蝶の後から路地へ向かう。路地入口に露店を構えたおじさんたちが、煙草をくゆらせながら物珍しそうにその姿を目で追った。やれやれ、と沢渡は、路地にひらひら消えてゆく白いスカートの後を追って自分もそっちへ向かおうとしたが、そこでふと路地手前の写真ギャラリーの展示に目をひかれた。「アゴラから見た風景」というので、どうやら地元、すなわち〈アゴラ〉住民がそこここで撮った「外」の写真を集めて展示しているらしく、ウィンドウには、〈アゴラ〉北辺の高いところから撮ったらしい〈ドーム〉の像が飾られている。ついしばし人吉のことを忘れて小さなギャラリーに足を踏み入れ、ひとわたりフムフムと見て、〈ドーム〉のポストカードをみつけて購入するなどした後、店を出て我に返ると人吉がいない。

まだ戻っていないとは、どこまで蝶々を追っていったのやら、おぼろげな地図の記憶では確かこのあたりの裏手に池があったりなんかするはずだから、そんなあたりでエンコしているのかもと思って沢渡はさきの路地に何の気になしに歩み入り、薄汚れた高いコンクリートの壁に挟まれた薄暗い湾曲をたどって反対側から歩み出ると、そこはやっぱり何ということもない商店街というか事務所街というか、寂れているわけでもなく人通りもそれなりにあるけれども、表通りとはうってかわった地味な雰囲気。通る人たちはどうやら「地元」の人たちばかりで、立ち並ぶのは賑やかな土産物店ではなく、司法書士や弁護士事務所、不動産屋、質屋あるいはディスカウントショップ、畳屋に自転車屋、家具修繕屋、電気工事屋に水道工務店といった質実なあたりだ。ほう、と思って見まわしていると、「あーサワタリさーん」と遠くから呼ぶ声、見れば少し先で人吉が、なにやら細身の青年と挨拶を交わしている。深々とお辞儀をして別れると、人吉は何やら放心の態でトコトコと沢渡のほうへ戻ってきた。「どうしたの」「サワタリさーん。怖かったー」「え、怖かったって何が、どしたの。蝶々は?」「えーわかんない。どっか行っちゃった。今ね、引ったくりにあったんですよー」

「引ったくり!?」思わず、今しがた人吉と話していた青年の後ろ姿を見やると、まだとても若い、ティーンかとも思えるその青年はギターケースらしきものを抱えて向こうへのんびり歩いていく。「あ、今の人は違うんですよ、あの人は助けてくれたほうの人で」見ていると、向こうの曲がり角のあたりで待っていたらしいもうひとりの銀髪青年の手にギターケースを渡して、二人して連れ立って角を曲がって消えていった。「引ったくりって、大丈夫だったの、怪我はない? 荷物は?」「うん大丈夫なんですよ、それがねー」「それがって?」

きけば、脇目もふらず蝶々を追いかけていたら、後ろからきた二人乗りの自転車がショルダーバッグを思いっきり引ったくっていった拍子に、人吉はもんどりうって転んでしまい、一瞬方角がわからなくなって、ああもうだめだ遠くへ行ってしまっただろうと思いながら首をもたげて件の自転車の姿をせめて探そうとしたら、さっきの人がいつのまにか傍にいて、大丈夫かといって助け起こしてくれた、怪我はありませんか、大事なもの入ってるのかっていうから、パソコンとタブレットがって、したらその途端に遠くから何か「ハ……!」なんとかって呼ぶような声がしたと思うとその人が、ちょっとこれ持ってて、って言ってギターのケースよこして、手ぶらになって急いであっちへ駆けてったと思ったらビューンって何か飛んできたのをその人がくるくるって、ほら『少林サッカー』で女性のキーパーが太極拳のワザでボールの勢い殺しながら受けるやつみたいな感じで、ジャンプしながらその、凄い勢いで飛んできたものを受け止めて、何事もなかったみたいに、はい、って渡してくれたの見たらわたしのバッグだったんですよー。「中身壊れてないかどうか確認してくださいね、壊れててもどうもしてあげられないけど、たぶん壊れてないから」って言って、ボールが飛んできたほうを見てるからわたしも見たら、その人とおんなじくらいの年かわかんないですけど銀髪ですごい逞しい感じの人が、自転車の人のひとりにちょうど往復ビンタくらわしてるとこで、もう一人はほっぺた押さえながら自転車に寄りかかってて、いつどうやって自転車止めたのかぜんぜんわかんないですけど、それから二人ともすごいペコペコして、その白い髪の人に追い払われてた。追い払ったあとその白い髪の人と、こっちの黒い髪の人とで遠隔ハイタッチみたいな合図してて、なんか回りの人けっこう笑って見てるんだ。わたしボーッとしてギターケース抱きしめてたらしいんだけど、それそっと取り返して、立ち上がらせてくれて、スカートの裾とかぱんぱんって、よくあるああいうのやってくれたりしながら、「こんな通りをふらふら歩いてると危ないですよ。一人ですか、お連れは?」っていうところでサワタリさんが見えたんですー。

「……ほん、となの、それ? そんな映画みたいなっていうか、ひと昔前の映画みたいな話? イリュージョンじゃないですよね?」

「ほんとなんですよ、それが。最後によく御礼言って、そのときに、お名前きこうかと思ったんだけどつい訊かなかったのは、「いえ名乗るほどの者ではありません」とか言われたらどうしようっていうのがあったというか、怖かったというか」

「怖かったのって、それのこと?」

「いやー、それっていうかー、うーん。引ったくり自体は、一瞬のことだったし何だかわかんなかったから、怖いまでぜんぜん行かなかったんですけど、そうだなー、その最後にサワタリさんが来るのが見えて、サワタリさーんて呼んだときに、その人「あ、あのかたがお連れさんですね」ってサワタリさんのほうを見ながら言って、それからわたしのほうへ目を戻して、にっこりして「よかった」って言ったんだけど、その「よかった」までのほんの一瞬の間に、わたし全部見られたっていう感じがしたんだー。これも、小説とかでよくある、ほら、なんか怖い人に頭の先から爪先までを一瞥で見て取られてしまったとかっていう描写あるじゃないですか、一瞬で見透かされる感じ? わたしがどういう育ちで、どういう環境でどういうこと考えながら暮らしてる人間か、ほぼ正確に見透かされて、しかも評価までされちゃったみたいで」

「評価!?」

「んー何というか、この人――わたしのことだけど、この人は自分にとってのある種の関心の対象ではない、という判断が一瞬で下された、っていう感じだったんだなー」

「ええー、だってあの人すごい若い感じだったよ、まだ十代じゃないかな、高校生くらい?」

「そうなんだけど。でも、年上のおばさんだから関心ないとかそういう感じでもなかったんですよねー、もっとこう、違って……」

「それって、言いにくいけど、あれじゃないのかな、その人と、もうひとりの人と、自転車のふたりは全員グルで、危うくカモられるとこだったって話じゃない? 危ないなあ」

「うーん、そうなのかな? にっこりして「よかった」って言われたときに、それまで親身に介抱してくれてた人が、すっと一瞬で遠のいた気がして、しかもそのことに妙に納得しちゃった自分がいて、それが怖かったとも思うけど――キャッチ・アンド・リリースされる側に初めて回ったというか、自分がね」

リリースされてよかった、と沢渡は思うのだった。人吉がかの青年、というか少年の「関心の対象」ではないと判断されたのも幸いだった、もし自分があのとき間に合わなければ、人吉はうかうかとどこかへ連れ込まれて、どうにかなってしまっていたのかもしれないし、そうでないかもしれない。そういえば〈アゴラ〉入口の看板には、「裏通りには決して入らないでください」という注意書きがあったようにも思う。

「平凡な言い方すると」人吉は続けた、「あ、世界が違うんだなこの人はっていう。手を出したりせずに元の世界に返してあげないといけない人だねっていう、それが、確かにね、カモったら気の毒だとか単にそういうことだったのかもしんないけど、でもそういう感じでもなかったんだー。もっとこう、何ていうか、そう、敵意――みたいなものを感じたのかな」

「敵意?」

「敵意というか、軽蔑というか――侮蔑? 仮にあの人が、私が一人だったらカモろうと思ってたとして、結局カモれなくて残念だとか諦めたとかいうのじゃなくて、カモるに値しないというか、食指が動かないというか、動かすのをやーめたっていう、何かすごく冷たいものが一瞬、目の中に閃いたのがわかったんだー、その、全部見てとられちゃったって思ったそのときに。その目が怖いと思ったんじゃないかなー私」

問わず語りに話し続ける人吉の、擦りむいた膝をいたわりつつ路地を抜けて元の通りに戻りながら、沢渡は義憤に似た心持にひどく苛まれるのを感じていた。一瞥でひとを見透かすだの何だのというような小説めいた心理ワザは、現実にあるとしてもせいぜい、40越えて酸いも甘いも噛分けたような色好みのオッサンとか、海千山千の人事CEOとかにして初めて発揮しうるものだろう、それを若造のくせに、一目見ただけで、あろうことか人吉をこれはカモるに値しないと決めるなど、(本当だとすれば)実に無礼なやつではないかと思う。おかしな憤りかただと自分でも思うのだが――これは嫉妬なのだろうか、たかだか17か18の少年に対して? それとも、岸辺をのんびりと遠ざかってゆくアングラーに対して、あるいは夕空をゆったりと塒へ飛び去ってゆく猛禽類に対して、直接にその捕獲・捕食の対象であるわけではない水生生物が、にもかかわらず無意識に抱く原始的な畏怖の念に近い感情なのか? ギターケースを下げてゆらゆらと立ち去っていくふたりの後ろ姿が脳裏になんとなく焼きついている。敵意、あるいは侮蔑、と人吉は言った――〈ドーム〉とは形こそ全く異なれ、〈アゴラ〉もまた一種の実験ビオトープなのかもしれないという考えが浮かぶ。そこではひそかに何か別種の人類が育成されているのだろうか、そしてそのために、何かの連鎖リングが意図的に操作されていたりするのだろうか、誰の、何者の意図で? それはどんな操作だろう?

そろそろ日の暮れかかる商店街を、ふたたび人と色彩と、さまざまに混ざり合った匂いにいやましに酔ったようになりながらずっと歩いてくると、〈キャッスル〉のメイン・パレス・パークと呼ばれているらしい場所に出た。劇場めいた豪奢な飾りつけの二階建ての前が広場になって、ジャグラー、シンガー、パントマイマー、ダンサー等がとりどりの芸を披露するのを、足をとめて眺める者もあれば足早に通り過ぎる者もあるのを、これまたお祭りめいた数々の屋台がぐるりと取り囲む7。二階がガラス張りになった劇場様の建物は、かつて「ユメヒトくん」やその先代先々代がそこに御座ましましていたころには、めでたい正月の一般参賀に集まった信心(?)深い人々の目に、ガラス越しにその玉影が拝まれたところの由緒ある宮殿のよしだが、今はモダン・デコに飾り立てられた月替わりショーウィンドウと化している。日が傾くにつれ不夜城の灯が少しずつ灯りはじめ、さまざまな音響と音楽の断片が互いに重なり合いながら混然とヴォリュームを増してゆく〈キャッスル〉を背に、広い大通りをまっすぐほんの少し歩けば、もうすぐに南門から出られる。

気がつけば夕食をとるのをすっかり忘れてしまっていた。〈アゴラ〉を出て人心地ついてから、そこらの適当なレストランに落ち着いてよくよく確認したところ、人吉のパソコンにもタブレットにも、何ひとつ不具合は生じていなかった。「あの白い蝶々どうしたかなー」と人吉はコーヒーをすすりながら夢見るように言った。


(つづく)

2022.8.13

第24回 魔法の古書

ちょうど同じ頃、コンはコンで、千鶴と連れ立ってまた別所へ見学ツアーに出かけていた。当初年明けにはという話だった千鶴の上京がいろいろあって遅れたあげく結局3月にずれ込んだのだが、おかげでちょうど、小笹が企画に関与している「沈黙のにぎわい」展のプレ展示会の期間と重なったのである。本格的な展覧会はさらに次の年明けに予定されているらしく、今回のはあくまでも予告的な、プランニングの一環としてのお試し小規模展示会で、場所も美術館ではなく、とある印刷会社に付属するギャラリーである。都心に生き残った古本屋街の小さなビルの2階分を占める、ささやかとはいえ由緒あるギャラリーは「活字博物館」として関係者の間では知られていて、普段は古い貴重な活字のセットや初期の活版印刷機などが常設展示されて、印刷メディアに関心を抱く見習いデザイナーや学生たちにとって一度は訪れるべき見学スポットとなっている。運営している老舗の印刷会社が展覧会企画を協賛していることもあって、この場所を借りてプレ展示をやるというので、コンを含めた「マッピング」メンバー一同に小笹から懇切な招待が来たのだった。

「小笹さんは今日はおられんのやねえ、残念なー」博士課程にこそ進まなかったものの、修士課程ではコンや小笹とだいたい同期だった千鶴である。「相変わらず冬でも大汗かいて走り回っとられるんよねきっと。会いたいわあ。偉うなったんねえ」入口のガラスドアに貼られたポスターをしみじみ眺めて、「えらい綺麗なポスターやねえ。活字とか余白とか、よう考えて作っとられるんね、色やらも」

「1階が「古書をめぐる物語」、2階が「古書の流通と数奇な運命」か」コンもつられてしげしげと眺めながら、「ポスターとか誰が作ってるのかはわかりませんが、全体としては相当大規模な企画らしいですからね、デザインなんかも含めていろんな分野の第一人者が参与しててもおかしくはないですよね」ガラスドアを押して入ると、受付エントランスの向こうにはさっそく企画パネルが並び、おかしげな書物をとりどりに載せた陳列台が、しかし何やら仮設っぽい気軽な風情を湛えているのも、むしろ肩が凝らなくていい。「なんだかちょっと学園祭みたいな雰囲気ですね」

「そうやね」千鶴も笑って、「折り紙で輪飾りやら拵えて吊ったら似合いそやね。紙やし。けど本はけっこう貴重なもんやないん、これ? こんな開けっ放しで陳列しててええんやら?」

「貴重、というのが、どういう基準で貴重なのかによるんでしょうけど」間近のパネルに目を近づけながら、「別に稀覯本とかが並んでるわけじゃないらしいですよ。1階は古本にまつわるいろんな物語とそれに所縁のある書物を紹介するコーナーなんですね」

「あー「ネノファケプター王子の冒険」1や、懐かしわあ。コンくんこれ知ってる?」

「何ですか」

「古代のパピルスやったか粘土板やったかにある話なんよ。世界最古の古本物語やいうんけど、エジプトのトト神2が書いた魔法の本を、王子さまが探しに行って、黄泉の王様と対決したりするん、子供のころ神話の本で読んで、すごく好きやったんよね」

「トトって、書記の神でしたかね確か」

「月の神でもあったちいう。なんで書記の神が月の神なやらわからんけど、やっぱりあれやろか、文字を書くとか、読み書きいうんが、どっかほの暗い秘密と関わりのあるもんやったんね、きっと昔は」

「古書の冒険物語って、大抵は魔法の本とか、失われた秘密の書いてある古代の本とかをめぐる話ですもんね」

「これ、こっちにあるん、そのトトの本のレプリカやね」

「え、実在したんですか、その魔法の本って」

「いやー、どうなやら、けどお話の中では、その本はいろんな違う素材でできた七重の箱に入ってることになってて、ちょうどこんな、いちばん外側が鉄の箱、その次が青銅の箱、次が何やったか、最後は黄金の箱でーいう。へー、こんなん作ってる人いるんやねー、もの好きやね」

「これ自体レプリカのレプリカみたいですよ。19世紀のイタリアの好事家が作ったもので、これはその最近のレプリカなんだって。本物は、本番の展覧会で展示されるらしいですね……ちゃんと本が入ってるけど、これ開いてみたらダメですかね。あ、開けないようになってるんだ、鍵かかってて」

「開くと呪われるんよきっと」

「あっちに「呪いの古書コーナー」があるようですよ」

いわくつきの呪いの古書がたくさん陳列されているのかと思ったらそうではなく、「呪いの古書」をテーマにした小説本を集めて一見乱雑に散らかしてあるのだった。ごく最近のミステリや、ラノベ、マンガまで混ざっている。

「文庫本まで展示してあるところがいいですね。こっちの「古本冒険物語コーナー」もおんなじような方針のようだけど、ジョン・ダニングの古本ミステリシリーズ3なんか、そこらで100円で買えますよね」実際、陳列台に並べてある本のほとんどは手に取って見られるようになっていて、そこここに、思いおもいの本をぱらぱらめくる客の姿があった。中には、壁ぎわに設えたベンチにみこしを据えて本格的に読みふけっている者もいる。ギャラリーだか図書館だかよくわからない感じだ。

「ようこんなに集めたんね。両方のコーナー併せたら300冊は越えとるようやけど、それでもほんとは、ほんの一部やろね。とりあえず手近なところで集められるものをひょいひょいって、手当たり次第に集めてみたいう感じやね」

「最終的にはどういう方針で集めて整理するんでしょうね。手当たり次第というのもそれはそれで面白い方針だと思うけど、本番の展覧会は、さすがにそれじゃ済まないだろうしなあ」

よく見ると多くの本には栞がはさんであり、その箇所をめくると、その古本物語の核心にあたるとおぼしい文章のあたりに赤線が引っ張ってあったり、「ココに注目!」などの書き込みが欄外に見えたりする。どれも多かれ少なかれ手撚れのした本で、それら自体がもともと古本なのだろうことにほとんど疑いはなかったが、赤線を引いたり書き込みをしたりしたのが、誰とも知れぬ元の持主だったのかどうか、ひょっとしたら、それらの本をどこからか入手して展覧会に供することを決めた運営スタッフの誰かが、この企画のためにあえて新たに線を引いたり書き込みをしたりしたのかもしれない。そうでないという確証はなかった。「ココに注目!」などの書き込みはどれも、いかにも「古書展」にふさわしい個所を指示していて、およそ偶然とは考えにくいのだ。

「もしスタッフがわざとやったんなら、展覧会というものとしてはかなり画期的というか、乱暴というか、野心的なんじゃないでしょうか」

「怒る人いっぱいいそうやね。これなんかページの端折ってあるし。嘘みたい」

「ドッグイヤー4ですね。もしこれが愛書的観点から企画された展示なら噴飯ものでしょうが、でも考えようによっては面白いですねとても。この企画では書物というものを、大切に永久保存すべき文化遺産としてではなく、あくまでも日常的に手荒く使用していい消耗品として考えるんだっていう姿勢を、暗黙のうちに打ち出してることになりますね」

「けど文庫本やったら今でもそう考えてる人たくさんいるんと違う?」

「そうか。あ、でもこっちの紀田順一郎『幻書辞典』5は単行本ですよ、しかも初版じゃないかな。そこらの古本屋に安価でよく出回ってる本ではあるけど、こういうのに、ほら、大々的に赤線ひいてハナマルまで書いてる」

「「古書収集の極意は殺意にあり」――んふふ。そやねえ、元の持主が引いてても不思議はないけど、こういうの、筆跡鑑定とかできんのかなあ」

「傍線の筆跡鑑定ですか、それ面白いですね、傍線の筆圧とかハナマルの書き方とかから落書きの犯人を割り出すんですね。文字の書き込みだったら、そういうミステリありそうだけど」

展示室の奥のほうにはディスプレイがあって、ボルヘスの『砂の本』6はのモデルが表示されているらしかった。紙の書物を想定すればこそ「砂の本」はマジカルな不思議の産物だが、電子版でなら容易にモデルが作れるし、作れば電子版の「書籍」というものと本質的に合致する性質のものになるだろうというのは夙に言われてきたことだが、いざそれらしく作るとなればそれなりに手間も工夫も必要だからか、まがりなりにも実際に作ってあるのを触るのはコンも初めてだった。大きなディスプレイに「見開き」が映っていて、目次になっているのを見ると古今東西のさまざまな詩を集めてあるらしく、クリックするとその詩のページに飛び、長編詩などは普通に「次へ」を押し続けて読み進むのだが、「前へ」を押すと全然違うところへ飛んでしまう。「目次に戻る」を押すと、戻ることは戻るが、目次の内容はさっきとはぜんぜん違っているのだった。そして同じタイトルの詩を探してクリックすると、フォントや行詰めのまるで異なるページが出てきて、挿絵も、当然ノンブルも異なっている――そういう仕組みは、たわいもないといえばないものだし、一見単にバグっているようにも見えるのだが、「戻る」たびに何かしら違うところに飛んでしまうところなどは、ちょっとコンの作った霧菻舎のHPに似たところがあって、ふたりはひとしきりディスプレイの前にとどまって遊んだ。コンとしては中身つまりプログラムを拝見したいところだったが、さすがにそれはこの場で手軽に見られるようにはなっていなくて、少しばかり残念である。

2階へ上がると「流通」がテーマで、蔵書印や蔵書票が時代順に並んでいたり、書写本や貸本のかんたんな歴史がわかる展示があるのはまず順当である。「数奇な運命をたどった書物」のコーナーでは、多くの人の手を渡り歩いてきたことがわかっている本や、火事水害や戦火人災を生きのびた書物などがいくつか、これは物によっては貴重品扱いでガラスケースに入って、かつての旅行マニアのスーツケースのようにたくさんの蔵書票や蔵書印がぺたぺた貼られ捺されたトビラなどを閲覧に供されている。複数人の手になるとはっきりわかる書き込みのある見開きを呈示しているものや、修復の跡がくっきりしているものも、呼び物のひとつらしかった。

「「沈黙のにぎわい」いうコンセプトが、少うしわかってきたみたいやねえ」ほうっと息をつくように千鶴が、「沈黙どころか、えらい騒がしいもんなんねえ、本て」そう言ってくつくつ笑う。

「書物は変化する、っていう話なんですね、たぶん。本の、いつまでも騒がしく変化し続ける部分にスポットを当てているというか」

「電子に対して紙の本の特質は、出たら何ひとつ更新できない、取返しのつかないところだ、ていう話、前に田宮先生の授業できいたん覚えてる。確かに、いったん刊行されてしもうたら、著作としては更新できんし、初期のデザインも変えられんけど、それでも変容はし続けるんやね。著作としてやなく、本として」

「そうですね。それで変化するたびに、その変化の痕跡が残って、その痕跡は消せない。ぬぐったようにきれいに更新できてしまう電子とはそこもきっと違うんでしょう。それは傷といえば傷なんだろうけれども、この企画展ではたぶん、それを傷として捉えるのではなくて、何というかな、一種の経験の蓄積のようなものとして捉えようとしてるのかも」

「やっぱり人間と同じなんやね。年とっていっていろんな経験をくぐると、肌の傷跡が消えんようになっていくて、うちの親なんかよう言うてるけど、傷跡だけやなく、しわも染みも増えていくやん、手術してあちこち直したり入れ歯入れたり、いつかはもう保たんようになるまで直し直しもって生きていくんよね」

「書物を人間になぞらえるということ自体は、愛書家の間では昔からごく普通のしぐさですけど、書物に載っているテクストとか、それを書いた故人とかを、今もなお生きてる主体として大事にしようというのでなく、物体として道具としての本を、経年変化しながら爛熟しつつ崩れていくものとして考えるというのは、わりと好感の持てる考え方ですね。いわば著者そっちのけで」

「またまた、コンくんらしいこと言うてー」

「え、そう? あー、つまり本が出るというのが取返しのつかないことだっていうのは、著者の経験の蓄積としての著作という意味ではそこで完了するわけですよね。造本家も同じことだけど、そこから先、蓄積されるのは著者からも造本家からも離れた書物自体の経験でしかないし、それを経験と呼ぶならむしろその経験の主体は書物ではなくて、書物に痕跡を残すいろいろな無名の人々や、あるいは自然災害・人為災害それ自体だっていう――でもそれだと、べつに書物でなくても茶碗でも机でも衣類でも同じことになっちゃうか。人々による使用の痕跡すなわち世界の反映であるっていう、あ、なんかつまんない話になりました、すみません」

「何ひとりで謝っとられんのー」千鶴はまたふんわり笑った。特に美人というわけではないし、身なりもさして構わず、薄めの髪をいやましにぴったり撫でつけたような髪型ともいえない髪型をして、何か古風な丸襟にアクセント花模様がついたブラウスなどを着ているのだが、ふと微笑んだり笑ったりするときのたたずまいが、歌番組でときどき見る、なんとかいう歌手に似ているなとコンは思うのだった。というより本当のところは、名前もよく知らないその歌手が出ていると、ステージでゆらゆらとくつろいで揺れながら時々ふっと共演者に笑いかけるその顔が好きでつい見てしまうのだが、和むというのでもないけれども、その瞬間に舞台がとても幸せなものに見えるのである。「そやけど、机や服と、本とではやっぱり違うんよきっと。机や茶碗より、本が貯める経験のほうがたぶんはるかに雄弁なんよね。どこがどう雄弁なやら、それ確かめようち、こういうプレ展示会やらやっとられるんやない?」

「そうかもしれないです。タイチもそんなようなこと言ってましたね確か、テーマが広すぎるから、いろいろ実践してみながら絞り込むんだとか。たぶん、書物が内包する豊穣な知の世界だとか、かけがえのない文化財としての書物とか、人の写し絵としての本だとか、そういう昔ながらの凡百の書物礼賛からいかに遠ざかるか、愛書ノスタルジーと確実な一線を引くにはどうするか、それでどうやって今後の電子時代の紙の書物を構成していくのか、呈示すべきその方針をまだ模索している最中なんでしょうね」

「そうやね。他にも、最近あらためて見直されてるいうか脚光を浴びてる、技芸礼賛、みたいなとこからも、たぶん遠ざかる必要ありそうやしね」

「確かに。造本や組版の技芸はそりゃすごいものですけど、それなら別にことさら古本をフィーチャしなくたっていいんですからねえ」

「古本って、何なん? どういうのが古本なん? そういうたら、あんまり考えたことなかったわあ」

「そういえばそうですね。本屋に並んでる間は新刊なんですかね。誰かが買ったらその時点で古本?」

「ずっと売れんと何年もお蔵に入ってたんが掘り出されてもやっぱり古本やん?」

「あ、そうか。倉庫に入ってたから古本なんじゃないですねきっと。本屋の棚でも倉庫でもいいですけど、著者を含めた製作者一同の手をいったん離れた後で誰かが手にとって開いて読んだら、その時点で古本になるんだろうな」

「したら、もうぜんぶ古本やね」

「いや、どうだろう。買ったけど読まないまま人にあげたりした場合は、その人が読まずに所有だけしていた間はまだ古本じゃなく、新刊のままだということに」

「本て、読まれてなんぼのものやん、したら、古本にならんかったら価値ないいうことやね」

「社長さんのご本も、あらかじめ古本として作るといいのかもしれないですね、ひょっとすると。出版社がどこも話に乗ってくれないのは、作っても新刊書店に並べられないからなわけでしょう、それなら、古本を作って、古書店に売ればいい。どうだろう。だめかな? たわごと?」

それからひとしきり、あらかじめ古本として作るとは具体的にどうすることか、誰か架空の所有者の蔵書印を押して、適当に赤線をひいたり書き込みをしたりして、手垢をつけておけばいいのだろうか等という話に夢中になり、部数がそんなに多くなくていいなら例えば出版社でなく印刷所――この博物館を運営している老舗でもいいではないか――に印刷製本だけを依頼すれば、どんな紙とインクを使ってどこまで何にこだわるかにもよるけれども、200万円くらいあれば100部は作れるのではないか、それを社員一同とその友人一同の手を借りて一冊ずつ全国の古本屋に売って回って、うまくして1冊1000円で買ってもらえれば半分は回収できる――いやさすがに1000円では買ってくれないだろうから実際のところ費用のほとんどはやはりクラウドファンディングか何かしないと、いやそもそもそれは古本屋に対する詐欺罪にあたるのでは等々、楽しく話をしながら会場を出るときに田宮とすれ違ったのを、ふたりともまるで気がつかなかった。斉木と連れ立ってやってきた田宮のほうはコンに気づいて話しかけようとしたようだったが、次いで隣の千鶴をもそれと認めたかして、目を細めてふたりをそっとやり過ごした。「田宮くん」呼ばれて振り返る。「ね、田宮くん悪いんだけど、パネルの字が小さくて読めないのよ。読んでくれないかしら」「あらら。眼鏡をおかけなさいよ斉木さん。首にかかってますよ」「まあ、うっかりしてたわ。てっきり忘れてきたと思ったのよね」「そんなアリガチな。からかってるんでしょ。若者以上に健眼で文庫本だってすらすら読めるくせに」「眼鏡があればの話よ、でも眼鏡があれば、字は小さいほうがいいわねえ」「なんでまた」「だって一度にたくさん読めるでしょ。字が大きいと1行の字数が少なくて行数も少ないから、同じ分量を読むのにたくさん目を動かさなくちゃならなくて疲れるのよ。あら、「ネノファケプター王子」だわ。王道ねえ。懐かしいこと」「その魔法の本のレプリカ、開けたらきっとすごく字が小さいでしょうね。ああ、だから古本が好きなんですね斉木さん、字が小さいから」「最近の新刊は字がむやみに大きいから紙が無駄だと思うわ。でも古本は古本でも、ずっと古い書写本は逆に大きな字よね、手書きだから当然だけれど。昔は、月光や蛍の光でも読める大きさがきっと必要だったのね」「ファウストも最初の書斎のシーンでは確か月の光で魔法の本を読んでいますね」「そうだったかしら」「あれも、トトの魔法の本だったのかもしれませんね……」


(つづく)

2022.10.10

 

おりば・ふじん/一橋大学大学院言語社会研究科