機関誌『半文』

文亡ヴェスペル 日常系ミステリ-人文学バトルマンガAURORAのためのプレヒストリー・スクリプト-

小説:折場 不仁

*登場する人物・機関・組織等は、実在のものとは何ら関係ありません

第13回 Tätigkeiten(日々の実践)

◆斉木笑里『ファウストを読む』特殊講義補遺より(2)◆

……すれからした現代の私たちにとって彼らのドラマがどう見えるかはともかく、禁断 の恋の懊悩そのものがドラマ『ファウスト』の主眼でなかったことは確かです。恋に悩 むファウストを「気晴らし」と称して「ヴァルプルギスの夜」1の祭りへ連れ出すメフィ ストですが、このシーン自体については第二部の「古典的ヴァルプルギスの夜」なるシ ーンでまた改めて考えるとして、現時点で少なくとも言えることは、このシーンが挟ま ることによってメロドラマの肝心な部分がバッサリいかれてしまっているということで す。仮にこの夜祭のシーンがなく、ファウスト・メフィストがずっと「地上」でマルガ レーテに関わり続けていたら、産むの産まないの、結婚するのしないの、二人でどこか 遠くへ行こうの、だめもう死んだほうがましの云々というメロメロドラマが延々と続く ことになる、それを力ワザで回避するためのワームホールがヴァルプルギスだという考 え方もできるでしょう。『ファウスト』には「悲劇」という肩タイトルがついているの ですが、それは「恋愛悲劇」という意味では別にないらしい。ではいったい何がどう「 悲劇」なのでしょうか。

✤「行為」のドラマとしてのグレートヒェン悲劇2

ファウストが「ちっとも成長しない」という意見がありましたが、まあファウストの「 成長」に関しては第二部に期待する3として、少なくとも第一部の後半でいわゆる劇的ダ イナミズムを担っているのはもっぱらマルガレーテです。悲劇のヒーロー(英雄)とい うもの4が、シェリングか誰かが言ったように、「自由意志と行動の力をもって、抗いが たい運命と戦ってついに必然的に負ける人間」を指すとすれば、第一部後半の「英雄」 は疑いもなくマルガレーテであってファウストではないでしょう。彼女はファウストと 違って、古い中世的な宗教道徳の「小世界」に住んでそこで護られていたのが、ファウ ストと出会って「罪」に墜ちる。最後にファウストが救けにきてくれるのに、彼女は逃 げずに処刑されることを自らの意志で選びます。それを「運命に抗った」と称すること には違和感を覚える向きもあるかもしれませんが――現代のドラマなら普通は、処刑さ れる「運命」に抗ってどこまでも自らの生を切り開くために逃避行へおもむく、という のが「運命に抗う」定型でしょうから――しかしマルガレーテの場合は逆で、ファウス トと共に脱出すれば幸福が待っているかもしれないのに、その幸福を自ら拒絶する、そ こに彼女の「行為」があるわけです。まだ若返る前の書斎のシーンでファウストが有名 な聖句「はじめに言葉ありき」を様々に訳し換えてみた後、「はじめに行為ありき」と 訳してようやく満足したのを覚えているでしょう。「言葉(ロゴス)」をなぜ「行為」 と訳し変えることが可能なのか、そう訳し変えることで何がどどうなるのかについては また改めて述べますが5、ともかくもあの場面でファウストは、はじめに行為がある、行 為こそが最も根源的なものである、というような認識をかりそめに得ながら、その後メ フィストに振り回されっぱなし、マルガレーテもまたファウストに振り回されっぱなし です。唯一この最後の「拒絶」だけはマルガレーテ自身の意志によるきっぱりした「行 為」以外の何物でもないといえるかもしれず、『ハムレット』のオフィーリアとの最も 大きな違い6もおそらくそこにあります。オフィーリアはハムレットに拒絶されて悲しみ のあまり水に溺れて死んでしまいますが、『ファウスト』では、きっぱりした拒絶を選 択するのはファウストではなくマルガレーテのほうなのです。むろん、彼女のセリフ自 体はたいそう惑乱していて、これまたオフィーリアのように半ば気が狂ってしまってい るように見えるし、彼女の内なるキリスト教的な信仰道徳があまりにも強く彼女を因習 的に縛っているがゆえに脱出する勇気を持ちえなかったにすぎない、という解釈も可能 でしょうが、どちらの解釈をとるかによって、劇全体の捉え方が大きく異なってきます。

マルガレーテがファウスト・メフィストとの逃避行を拒絶したということは、単に自分 の懐かしい「小世界」の倫理道徳への服従を後ろ向きに選んだということではないでし ょう。ファウストを熱愛しながら当初からメフィストのことは恐れていたマルガレーテ ですが、メフィストはただの悪魔ではなく、イノベーションされた近代の悪魔7であり、 そのメフィストに導かれてファウストは、古いキリスト教的な善悪の規範を越えて「行 為」しようとしている。そのファウストとの同行を拒否するということは、つまり近代 へのイノベーションを拒否するということである。マルガレーテは、中世からの脱却、 人間の、近代人(とは何かというのはまた別として)への脱皮という運命に抗って必然 的に敗北することを選んだことになる――だって『ファウスト』が出たのはすでに19世 紀、時代はとっくに近代へ移行してしまっていて、その移行はすでに決定され履行され た運命に他ならないわけですからね。ただし、近代的な行為人というものがあるとして 、そのありかたをファウストが体現しているのかといえば、そうとは限らない。ファウ スト自身、勤勉な合理主義者メフィストに振り回されながらもなおどこまでも抗い続け るようなところがあるからです。その抵抗がどういう方向性を持つのか、それがやがて 今度はファウスト自身のどういう「行為」へつながって「悲劇」を構成するのか、それ は第二部のお楽しみです。

この「行為 Tat(タート)」を、このように「きっぱりした選択に基づく行為」という ふうに読み替えるのが正しい解釈かどうかは、これまた本当は異論のあるところでしょ うが。行為、と訳せる単語は他にもいくつかありますが、同じ語根の語としてはTätigk eit(テーティヒカイト)、これも行為とか行動とか訳されることがありますが、むし ろ日々の活動・活動性というニュアンスの言葉です。私の知り合いの詩人が常々、Lieb e ist Tätigkeiten(愛とは日々の実践である)と言っていたのを思い出しますが、こ うやって複数形にすると「活動性」のイメージが具体的になって、こまごました面倒を 厭わずくるくる働く感じがしますよね。マルガレーテはファウストから眠り薬を渡され 、母親に飲ませるように言われたときにこう言います――「あなたのためにもう随分い ろんなことをしてしまったわ、今はもう、してさしあげることが何も残っていないくら い」(p.250)。そして眠り薬と思って母親に飲ませた薬が実は毒薬で、母は死に、自 分は妊娠。彼女は罪悪感にさいなまれますが、「けれども、やっぱり――ああ神さま!  わたしを罪へと追いやったものは、みんなとても素敵でした! とても嬉しいことで した!」(p.255)という、これがマルガレーテのいちばん「とても素敵」なセリフか もしれません。彼女のファウストへの愛Liebeは「いろんなことをしてあげる」という Tätigkeitenの形をとっていて、その日々の実践が彼女を「罪へと追いやった」のです が、それを「とても嬉しいことだった」として受け入れた時点で、彼女のTätigkeiten はまるごとひとつのTatとして肯定されたとも考えられますし、逆に、みずからのTätig keitenを最終的に擲つことで彼女はTatの人になったのだとも。しかしそんなあたりを 議論しても、単なる抽象的な概念操作にしかならないでしょう。日々の生活においては Tätigkeitというもの自体、小さなTatの積み重ねに他ならないのですものね。

斉木のファウスト講義を最後に沢渡たちは本格的な夏休みに突入した。といっても授業がないだけで、論文から解放されるわけではないし、最近は制度改革で夏休みがどんどん短くなっているから、ぐずぐずしているとすぐ新学期が来てしまう。合宿準備で忙しくなる前に少しでも「マッピング」を進めておくべく、一同は例によって「セフィロス」に顔を揃えていた。

「これでだいたい街中の文教ポイントは網羅したと思うんですけど」沢渡が言った。「〇〇教室って銘打って看板が出てるものだけでも200以上ありましたよ、ちーっちゃい街なのに、よくこんなにあるもんですねえ」

「くにまち市は、市としては全国で3番目に小さいんですよ」原口がにこにこして解説をする。「人口6万人くらいですから、約300人に対してひとつ、何かの「教室」があることになりますね」

「しかもギャラリーとか音楽カフェとかが臨時のも含めて100前後あって、そのうえ公民館講座や市民サークルが300くらいあるから、単純計算で100人にひとつは学びポイントが用意されてることになりますねー」須崎に触発されてタブレットを購入した人吉は、エクセル表をスワイプしながら、「ギャラリーと〇〇教室を兼ねてたりするのも多いから、実際はもう少し減ると思うけど」

「分類のメソッドは結局6つになったんですね」高藤のアルトの声が手元のメモを読み上げた。「メインの分類が3つ――一般的な学術分類、図書館分類、17世紀の百科全書的分類。で、これらメインの分類に掛け合わせるサブの分類が、高校の科目分類、カフェとかの場所の分類、目的の分類。一個々々のポイントにこの分類ぜんぶ当てはめるの、けっこう大変そう」

「場所の分類で多少迷うのはギャラリーカフェくらいだけど、目的の分類は実際やろうとすると難しいですよね」と沢渡、「「技能を身につける」のと「知識を得る」のと「教養を身につける」のとどう違うのか。一箸の開講科目はほぼ全部、ふたつかみっつは兼ねちゃうし、市中講座だってそうですよね」

「区分を厳密に考えはじめたらきりがないでしょうけど、市民側からすれば、そういうざっくりした分類が何よりもいい手がかりになるんですよ」原口はまだ三十代だけれども公民館スタッフとしては古株である。生涯教育に関する手腕と実績を買われて、来年度から文科省8へ出向が決まっているよしで、それもあってなるべく今年度中にこのマッピング企画を軌道に乗せたい一同なのであった。「公民館講座の区分でも、「環境」とか「子育て」とか「人権」とか、大学的見地からすればたぶんものすごいざっくり分類なんですけど、そのくらいのザックリさでないと、むしろ暮らしの中で役に立たない」

「とりあえず入り口として分かれていれば入りやすいってことですかねー。ツイちゃんはどう思う?」人吉は、先日の追悼会で仲良くなった根来ゼミの留学生、張梓雨(チャン・ヅーユー)を連れてきていた。ヅーユーはむしろツーイーと聞こえるので「ツイちゃん」なる呼称がこのところ定着したそうだが、台湾からの短期の交換留学生で、まだ学部2年生の小柄な女性、鮮やかな原色を塗り分けたような、それでいて涼しげなワンピース姿で人吉の隣にちょこんと座って、補足説明を受けながら目をきらめかせる。何か発言したくてうずうずしている様子だったが、

「はい、ざっくりした分類、いいと思います」話をふられて溌剌と答えた。「私は日本語学科の学生ですから、日本の大学、来てみたいと思いました、でも、将来、何を勉強する、まだちゃんと決めっていないんですから、この――この」と企画メモをめくりながら、「この「世界の文学・芸術を知る」の分類とてもいいです。私ここから入りたいんですね。「歴史を知る」、これもいいですね」

「あーなるほど、確かに」沢渡が応じる。「留学生でなくても学部の1、2年生とかには、いきなり学術分類みたいな硬い導入じゃないほうがいいのかも」

高藤「そういう意味では、この、高校の科目との関係がわかるようにするというのも、とてもいいですよね」

原口「そうそう。高大接続の観点がはっきりしていて面白いと思いますよ。ただ難しいところは、ざっくり分類とか高校の科目とかから大学の科目にヒットしたからといって、簡単に誰でもそこへ通えるわけじゃないってとこですよね。これから大学を決めようっていう受験生で、科目分類から入って一箸を受けたくなって、実際に受けて受かるような子は別ですけど、そういう人は何といっても例外というか、数少ない特殊例になっちゃいますからねえ、比率としては」

沢渡「前回の講座のときにも、そういう感想を聞かせてくださった参加者のかたがいたんです。市中の学びポイントを網羅して分類してくれるのはありがたいけど、大学の科目をそこに関連づける必要は別にないんじゃないかって何気なく言われて、けっこうショックだったなあ。ぼくらからすれば、その関連づけをしなかったら意味ないわけですから」

原口「ええ、ただ市民側のメリットという観点からすれば、遺憾ながらその人の言う通りでもあるんですよきっと。今のとこ一箸には、市民向けの夜学があるわけでさえないですしね。自分に縁のないものに関連づけてもらっても仕方ないというのが正直なところかもしれませんね」

「厳しいなあ。でも確かに、そうですね、ぼくらとしては、学問とか学術とか、学びとかっていう大きなフィールドを形成しているネットワークを、大学という閉じた場所に囚われない形でまるごと、動的に俯瞰してみたいというのが当初の目的なんですけど、その目的をそのまま学外のかたたちに共有してもらおうというのは、何か大きな間違いなのかもしれないですね……」

「間違いいうことはない思いますけえどもな」須崎が言い出した。「大学の科目をぬきにして、市民講座やら街の教室やら網羅するだけやったら、何も大学のみなはんにやってもらうことあらしまへんのやさかい。大けな目的あってなんぼの企画や思いますでそら」

「それはそうですね」原口も高藤もうなずく。

「けど、さき人吉はんが言わはった、入り口いうのんが工夫のしどころだすな。いきなり上から俯瞰せえいうたかてそら無理や。この企画はなにも、一箸ちう大学がこないすばらしいたら、大学で学ぶんはこないおもろいたら宣伝しよいうんと違いますやろ。そらすばらしいんやろ思いますで、ここにおらはるみなはん見とったら、一箸で勉強したらどないおもろいやろ、素敵やなあ思いますけえどもな、こない言うたら何やけど、それ自慢するんが目的と違いますやろ。大学よう行かん人らに、ええなあ羨ましいなあ思わしたったかて、どないもならしまへんよってにな」

滔々たる浪花弁を人吉に通訳してもらっていた梓雨が「あの」と口を出した。「あのう、羨ましいのは、いいことだと思います。私も、一箸いいなあと思ったんですから、ここへ来ることできました。短い留学なんですから、お試し? お試し留学で、卒業しないんです。とれる科目と、とれない科目ある。とれる科目のなかから、好きな科目をとって、将来のことを考えます。将来もっと勉強してちゃんと留学するかもしれないし、やっぱり台湾で勉強するかもしれないし、大学院に行くかもしれないし、大学やめて働くかもしれないし、いろんな可能性できるんですから。羨ましいな、いいな、と思う気持ち、最初に大事です、それなかったら、可能性できません」それからちょっと恥ずかしそうに、「それに大学の授業をこういうところでやるの、いいと思うんですから。とくべつな授業を作るのでなくて、ふつうの授業、大学の外でやったらいいですね」

沢渡「うーんどうだろう。市民大学みたいなの最近はあちこちにあるけど、それだと単に街の学びポイントが増えるだけで、あんまり本質的な解決にはならないんじゃないかな」

「大学の外の人が大学の外で授業するのと、大学の中の人が大学の外で授業するのと、違うんですから。えっと。大学の授業でない授業が外である、じゃなくて、大学の授業が外であるのがいい、楽しいんですね」

「ツイはんは日本へ来られてまだ半年にもならんいうてはりましたな」

「はい、4月からなんですから」

「えらいもんだすな。きれーに話しはりますな。そやけどほな、もうまたじっきにあっちゃ戻らはりますのんか」

「あー、台湾へ? はい、9月に帰ります。でもまた来たいんですから」

「……そないだっか」須崎はちょっと首をかしげて、「そういうときは、来たいです、でよろしおますな」

「……来たいです」

「それでよろし」にっこりして、「嬉しこっちゃ。いつでもおいなはれ。それにこの会も9月までにはあと1回くらいおますやろ」

「ありがとうございます。この会は、とても、興味があるんですから」

「ありますから」

「ありますから」

人吉と沢渡は顔を見合わせた。何々なんですから、という梓雨の(というより中国語圏からの留学生にわりあい共通する)言葉癖に前から気づいてはいたものの、どう指摘してやるべきか、そもそも指摘していいものかどうか逡巡していた自分たちが少なからず恥ずかしく、やや顔が赤らむ思いがする。須崎の年の功だけに帰せしめてよい話ではたぶんなく、要は、生涯学習とか、日常の「学び」とかいう言葉に徐々に馴染んできてはいても、それが本当に意味するところ――日々常に何か学んでいたいという欲求が、ある場所にたまたまいたりいなかったりすることによって切実に表面化する局面とでもいうべきものを、自分たちはやはり体感としては全然わかっていないのかもしれない。「直接ものを学ぶ機会は一生に一度しかない」という根来の言葉を思い出す。ふんだんすぎる学修機会に恵まれた大学院という楽園でぬくぬくと時間を無駄にしているとかそんなふうに卑下するわけでは決してないけれども、目の前を鼠が通りかかったらすかさず飛びかかる猫のような敏捷な瞬間実践力をいつしか失ってしまっていることは、われながら認めざるえをえない――

チリリンドアが鳴って、小笹が駆け込むように到着した。大汗をぬぐいながら端の椅子にどさりとかけて、「とりあえずアイスコーヒー!」と叫ぶように注文すると、もらったグラスの氷水を一息に飲み干す。

「すいません遅れちゃって。今やってる美術展の打ち合わせが予想外に長引いちゃって」

「美術展? また何か新しいこと始めたんですか」

「いやー新しいっていうか、図書館の企画なんだけどさ。東京近辺のいくつかの大学図書館が協力して、噛田の印刷図書館と一緒に貴重な古書の展覧会をやるんだよ。〈沈黙のにぎわい〉ってタイトルでさ、タイトルぼく考えたんだけど、どうかな?」

「あれですか、本は音を出さないけど、書かれてる文字は音声を内包するっていう話ですかひょっとして。でもサブタイトルは? 書物のなんとかとか、何か要るんでしょ」

「うーん今それ考え中、それで会議がのびたんだ、いい案が出なくてさー。今月中には企画書書かないと」

「合宿で研究発表してもらいたいと思ったんだけど、そんなに忙しいんじゃ、さすがに難しいかなあ」

「合宿? やるやる、枠空いてるんなら発表させて。企画書書く前に考えをまとめてみたいし、みんなの意見もききたいから」

「合宿、よろしおますな。夏休みまでお勉強だすか、えらいこっちゃ。どこぞ涼しいとこでも行かはりますのんか」

「え、涼しいかどうかは、自分らも行ったことがないんでわかんないんですけど、なんか奥玉のほうの知り合いのうちで――」安倍昭二郎から口止めされていたことを思い出して、慌ててさりげなく話を逸らす。「その合宿で久しぶりに田宮先生とじかに会えるので、こっちの件についてもいろいろ相談してきます」

「そいや田宮先生、秋からの学期でこの「マッピング」を授業にするって言ってましたよ」思い出したように小笹が言った。「学部1、2年生向けの小人数の演習で、これをテーマに企画討論させて、どういうアイディアが出るかやってみるんだって」

「えーそれ羨ましいですね」と梓雨、「この学期にやってくれたらよかったんですから。あ、よかったです。それ学校でやりますか、それか外でやりますか、ここみたいな、お店とか」

「え、それは訊いてないけど、先生のことだから頼めば外のどこかでやってくれるかも」

「Pterpeでやるのかもしんないよねー。そしたらツイちゃんも台湾から参加できるよ」

「それで、ついでに今年の開講科目の入力をその授業に来た学生たちにやってもらうとかって話でした」

「ほー、そらええ考えだすな。開講科目ぎょうさんありますやろ、分類やらキーワードやらエクセルに入れるんかて一仕事だっさかいにな」

「それありますよね。分類の掛け合わせも、内外をどう繋ぐかも難しい問題ですけど、そもそも人手の問題ですよねえ。公民館から割ける人手はないし」原口がいうと高藤も、「検索サイトがとりあえず作れたとして、ツイさんがまたいつかいらっしゃるときまで続けようと思うなら、毎年更新しなきゃならないでしょうし。店も教室も特に最近はすごく回転早いですから」原口「登録式にするとしても、それはそれで管理の人員が要るしなあ」人吉「そーですよねー、私たちも年がら年中写真撮って歩いてばかりはいられませんしねー」それに誰もがいつまでもクニマチにいられるわけじゃない、と沢渡は考える。2年、3年と息長く続けていくことを考えるなら、このメンバーだけでは無理というものだ。

「更新とか管理とか以前に、そもそもサイトは誰が作るの」小笹がたずねる。「コンに頼めるの? OKしてくれた?」

「んー、まあ、とりあえず初期モデルは作ってみてくれるって言ってましたけど、ずっとはたぶん無理で、ゆくゆくどうするかは――」

「そのコンさんがモデルを作ってくださるんなら、それを実際に見て動かしながら考えれば、繋ぎ方についても、先々のことについても、きっと何かまたいいアイディアが浮かんできますよ」高藤が穏やかに話を締めくくった。セフィロスの窓の外はゆるやかにたそがれてゆく。

そんなこんなで「くにまち文教マッピング」の専用ウェブサイトの試行モデルは暇をみてコンが作成してくれる次第となったのだったが、試行錯誤の仕様と共に皆が集めたデータがコンの手にわたり、秋も深まるころに田宮の学生たちが入力した開講科目エクセルデータも無事にわたって、最初のモデルが完成しかけたころに、開発室のコンのPCがひそやかに初めてハックされ、中を何度か覗かれていた。もっとも、そのことをコンが知ったのはもっとずっと後のことだったし、たいして実害もなかったのだけれども。


(つづく)

2020.4.10

第14回 合宿第1日――犬の名前(2)

8月最後の金曜日は思いっきり晴れ渡った絶好のキャンプ日和だった。日は少しずつ短くなりかけていて、暦の上ではとっくに秋なのだが、そんな気配もなんのその、朝からむやみに暑かった。合宿荷物を抱えて9時半に匡坊駅に集合し、駅前の24時間スーパーで若干の買い出しを済ませた一同は、冷房をがんがん効かせた電車に駆け込むだけで一仕事終えたような気になったが、夏休みだから平日といえどもいつもと違って、手近な山へ向かうハイキング支度の子供連れで車内はけっこう混雑している。奥玉方面へは各駅停車しかないし、最初のうちは変哲もない郊外の風景がだらだら続くから、しばらくかなり退屈だ。ポールに寄りかかって大あくびをしているのは新米パパの小笹太一で、「ゆうべほとんど徹夜なんだよね実は」と言いながらさっそく持参の凍りオシボリを取り出して顔に当てる。「今日休みをとるために大車輪で仕事かたづけた上にさ。ゆうべは夜泣きがひどくてさー、それもずっと僕があやしてて。2日間まるまる解放してもらうんだからそのくらいしなきゃってね、あーあー、はやく着かないかなー」

「着いたらお昼たべてすぐ発表ですよータイチさん」と人吉。合宿では、ふだん忙しくてなかなかゼミに参加できない面々を中心に数名の研究発表が行われるのだが、小笹がそのトップバッターである。「うんわかってる、まかしといてよ。バッチリだ」「えーすごい、楽しみー」「もうバッチリ叱られた、田宮先生に……」「えー!」「初日行けないから原稿できたら送れっていうから、おととい送ったら、速攻でダメ出し返ってきてさ、ゆうべそれ泣きながら直してたんだよ、赤んぼあやしながらさー。発表終わったら即、寝るよ僕」「えー遊びましょうよーせっかく行くんだからー山にー」「ああ、きみたちは好きに遊びなさい。パパは寝るからね、邪魔しないで」「つまんないー。ねー遊びましょうねーコンさん、山で」「あの私、昨日、山から帰ってきたばっかりなんですけど」「虫捕りとか、植物の観察とかしましょうよー」「だから、子供らにまとわりつかれながらそういうことばっかりやって来たんですよ一週間くらい、紀州の山ん中で」「奥玉の山はまた違うかもしれませんよー」「紀州にいなくて奥玉にいるものって何ですか」「23年ゼミとか、37年ゼミとかー」「37年ゼミ合宿ですか、いただけませんね! 抜け殻しか残らない」「20センチくらいあるミミズとかー」「紀州のは40センチくらいある1んですよ、真っ青でね。青紫というか。見たいですか」「イトさんなら見たがるかもしれないですよー。干して粉にしてお好み焼に混ぜるとか言いそう」「都会っ子の喜びそうなことですね! 売ってますよ普通にミミズ粉2、その特別のはめっちゃ高いですけど。今度貰ってきてあげましょうかね――」

その糸魚川縁里(いといがわ・ゆかり)は隣のドア付近に何人か固まった中にいた。コンとおおよそ同期だが、最近はお隣の政治社会研究科の塙保(はなわほ)教授のゼミにもっぱら出入りして、当人に言わせれば「政治哲学としての神学」なるものについて研究しており、田宮ゼミにはこのところご無沙汰だったせいか、ゼミ仲間たちの近況を聞き出すのにひとしきり精出している様子である。「へー上野原くん学会パネルやるんだ、偉いじゃん」「いやまだ、やると決まったわけでは。合宿から帰ったら申込む予定なんですけど、落ちるかもしれないし、まだメンバーも確定してなくて。今日ひさしぶりに加納さんに会えるから、もいちどよく相談しようと思って」「そうか加納ちゃん来るんだー。籍抜いてから3年くらいだっけ、今何してるんだっけ、どっかの非常勤?」「フランス語の非常勤やってるってきいてますけど、あんまり熱心じゃないみたいですねそっちは。むしろダンナさんと一緒にモノづくりに燃えてるっぽい」「ものづくり?」「ダンナさんは家具を作る人なんで、彼女のほうもだんだんそっちへ寄ってるらしいです。しかも最近は陶芸も始めたとか」「なにそれ優雅じゃーん。まあーそれを言や、アニメ制作だって一種のモノづくりだもんなあ」「それそれ、ダンナさんのほうが――向坂(こうさか)さんっていうんですけど、もともとアニメ会社に勤めてたのが、ぜんぜん期待してたのと違ってモノづくり3っぽくないからっていうんで嫌になってやめて」「それで家具屋に転向? あっははっ! じゃそのアニメ会社時代に加納ちゃんと知り合ったのひょっとして?」「そう、加納さんがその会社に取材に行ったときに出てくれたのが向坂さんで、そのときにいきなり、こんなのオレが思うモノづくりじゃないとかって怒涛の慷慨を聞かされて、途端に意気投合したとかで」「なにそれおもしろいー。で、なに合宿に参加してくれんの? 発表も?」「発表は加納さんと合同みたいですよ。このところたまにPterpeゼミにも一緒に参加してくれてて、今日も車出してくれて加納さんと一緒に一足先に行ってるはずです、お酒とか重たい買出し荷物かなり積んでってくれてる」「あ、そうなんだー、どうもみんな、いつもの合宿にしちゃ荷物が少ないと思ってたんだ。ねー森川くん森川くん、合宿初めてだよね」森川は田宮ゼミでの歴こそ浅いが、塙保のニーチェ4読解の授業などで以前から糸魚川とは知己である。「発表してくれるんだって? テーマ何?」「……レトリック」「レトリックはわかってるけどさ」「……とマキャベリズム5」「あー!」「だけど、とりあえずはサヴォナローラ6の扇動レトリック」「おー! だんだん近づいてきたねボクたち! 今度また原罪と救済についてとっくりと語り合おうじゃないか。で、そんならモノはイタリア語?」「うん、でも発表は原文使わないでいくから」「そりゃありがたい。そういえば沢渡がいないね、来るんだよね今日?」上野原「あ、沢渡くんは、なんか出間(いずるま)のほうの親戚のうちに弟さん連れて泊まってるそうで、向坂さんたちが山越えの途中で拾ってくるって」「なに沢渡くん弟さん連れてくるの? 弟さんいたんだ! 幾つ?」「中2とか。中3かな? けっこう歳離れてるみたいです」「連れてきて大丈夫なの、退屈しないかな?」「それがすごいパソコンオタクというかパソコン通らしくって、兄さんからコンさんの話きいてすごい憧れてて、一度会わせてくれってせがまれたとかで」「あーそうなんだー!」「それで連れてくるってなったら、コンさんが照れて発表いやがっちゃって、しょうがなくて責任上沢渡くんが発表することになって」「あっはは! 修論の下書きを弟に揉んでもらうってのもオツなものかも。ちょっと羨ましいね」糸魚川は都心も都心、物心ついて以来の藍山(らんざん)育ちの一人っ子で、定連メンバーの中では最も瀟洒な服装センスの持ち主である。襟元にワンポイントカラーの入った変わり貝殻ボタンの真っ白なシャツ、さりげなく上等そうな縫製のグレーのシルキーパンツ、薄黄色の柔らかなスエードの編み込みサンダルという、およそ山へ行くとも思えない(そもそもGenSHAの学生とも思えない)格好だが、それで山菜探索や渓流釣りに期待を膨らませているらしいところをみると、一見それほど膨らんでは見えない(これもオシャレな)バッグにはきっとそれなりの装備が格納されているのだろう。

そうこうするうちに電車は負梅(おうめ)を過ぎて単線となり、鬱蒼とした山林の風景がやや間近に迫って、耳に響く車輪の音も変わった。カタコトン、カタコトンという懐かしいような音で、切り立つ崖のぎりぎりの縁をゆっくり進む。気楽なハイキング姿の家族連れが三々五々降りてゆき、終点の奥玉駅に着いたときには、車内はそれなりにハードな扮装の人々と、そこらの住民らしい普段着の人々が半々くらいになっていた。降りると「迎えの車が来てくれてるはずですよー」麦わら帽子の縁をもたげて遠くを見やる人吉は昔の絵本に出てくる真夏の少女さながらの趣きだが、「あ、サワタリさんだー」と手を振ると、空色のセダンにもたれて手を振り返す沢渡の影になった後部座席にちょんと座っているのがどうやら噂の弟くんらしい。沢渡の傍らで地図様のものを囲んで何やら話している3人、「あの今うなずいて何かメモしてるのが向坂さん」上野原に教えられて糸魚川「あらーオトコマエじゃーん、やるねえ加納ちゃん。おーい加納ちゃん久しぶり!」「あーイトさん、お久しぶり、元気だった?」深緑色のカーゴパンツとゆったりしたブラウスの対照が目にあざやかな加納史織(かのう・しおり)は、ゆるく結んだ柔らかそうな茶色い髪をふわつかせながら、ころころと土鈴が鳴るような声で言った。「やあやあ、こちら噂のダンナさん?」駆け寄った糸魚川に「どうも、向坂です」微笑うと妙に人の好さそうな顔になる向坂理久(こうさか・りく)が、パートナーとは逆にクリーム色のカーゴパンツに深緑色の(蛙の模様のついた)Tシャツを着て、照れ気味に挨拶したりしている間に、全員が車のまわりに揃うと、傍らで静かに佇んでいるもうひとりの男性を沢渡が皆に紹介した。「こちらが安倍行親(ゆきちか)さん、今回のホストの安倍昭二郎さんの息子さんです」「はじめまして、ようこそ」向坂以上に飾り気のないTシャツ姿の青年は、同じく至って飾り気なくサッパリした声音で言った。一同と同じくらいの年齢――正確にいえば一同の平均年齢に近いような年頃と見える。「ぼくらのためにわざわざ車出してくださったんですよ」「えーすごい、ありがとうございます」「ありがとうございまーす」口々に礼を言うのをにこやかに押しとどめ、空色セダンの前方に停めてあった白いワゴン車のほうへさっそく一同をいざなう。「さ、どうぞ乗って乗って。いち、に、さん、……6人、と荷物か。大きい荷物を、それとそれとそれ、トランクへお願いできますか。はいOK、どなたか大きめの人助手席に、あとは2、3で詰まってください、狭いでしょうけど、すぐですからね」余分な社交辞令に時を費やすことをせず、てきぱきと快活に指示をする。タッパのある森川が助手席に、あとは適宜「詰まって」乗り込んだのを確認すると、ワゴン車はするすると発車した。続いて加納夫妻と沢渡兄弟が乗ったセダンも出発して、ワゴン車の後についてくる。

リュックを抱えて礼儀正しく助手席におさまった森川は、意外にも、車内にかすかな煙草の匂いを嗅ぎ取った。1時間以上電車に揺られてきたので、そろそろニコチンを補充するべきタイミングであることをつい思い出して、我知らずそわそわと胸ポケットのボックスをまさぐりかけたが、さすがにいきなり失礼だろうと思い直して手を膝に戻そうとすると、「構いませんよ」と行親が言った。「吸っていいですよ、どうぞ。後ろのみなさんさえよければ。窓を開けます」「あ。どうも。恐縮です」後ろのみなさんが構わないであろうことはわかっているので、森川は一気にくつろいだ気持ちになって胸ポケットから1本取り出すと、ライターのポッという点火の音と、煙草の先端に最初に火が燃えつくときのジッというかすかな音と、続く煙の香とをゆったり楽しんだ。

深々と吸い込んだ最初の毒物をふーっと噴き出すのを見計らったように、「イーリンさんがもう着いておられます」行親は簡潔に言った。無駄のないハンドルさばきで狭い道を無理なく抜けてゆく。「あと、ツイさんという台湾のひともご一緒で」「そうですか」と助手席の森川も簡潔に応じた。「イーリンとは前からお知り合いなんですか」「はい。道場のほうで」「齊藤さんの?」「はい」「もっぱら〈アゴラ〉の道場におられるとききましたが」「普段はね。ぼくは内弟子のようなものなんですが、週に一度くらいは師匠にくっついて仲野のほうへも行くので」「内弟子。じゃ、今は里帰り中?」「え、たまには親孝行もしたいですから、ちょうどよかった。ええと――」「あ、森川です」「森川さん。このあたりは?」「いや、はじめてです。けっこう上りますね」「そうですね。最近は雪もあんまり降りませんが、昔は冬になるとこんな道もよく通行止めになったそうです。今は冬よりむしろ夏のほうが実は危険でね。もっと先へ行くと、こないだの梅雨の大雨で崩れたところがまだ復旧していなくて孤立したままの村もあるくらいで」「ああ、ニュースで見ましたねそういえば。あっという間に荒廃して野生ザルの天国になっちゃってるとか、大変なことですねえ。安倍さんのところは?」「うちは別の方角で、さいわい地盤がわりと丈夫で滅多に崩れない土地らしいんで」「じゃあ震災のときも」「はい。ぼくらが移ってきたのは震災の後でしたけど」「その前はどちらに?」「それが結構ど真ん中にいましてね」行親は淡々と言った、「親父は女房子供を亡くして、ぼくは親を亡くしたんですがね。齊藤道場、というか元齊藤道場の残骸みたいなとこが一時ちょっとした孤児院みたいになってまして、そこに転がってた連中もそのうち三々五々どこかに引き取られていったなかで、ぼくは最終的に今の親父に拾われた次第で。いわゆる「地震っ子」というやつですよ」「そうでしたか。それで今も内弟子」「え、齊藤師匠のほうも結局、半分は親みたいなもんなんで、二人(ににん)親父とでもいいますかね」「それじゃあ親孝行が忙しいわけですね」「ははは、まあ苦にはなりませんよ。山との往復も変化があっていい」

右へ左へカーブが揺れるたびに、深山幽谷の気配が次第に濃くなってくる。すぐ後ろの座席では、上野原が前の会話に耳を傾けるともなく傾けながらおとなしく座って車窓を眺める一方、小笹はさっそく大いびきをかいて眠りこけていたが、そのさらに後ろでは、両側の窓にそれぞれ人吉と糸魚川が貼りついて子供のように歓声を上げている真ん中にコンがはさまって、膝に荷物を抱えて左右に揺られながら窮屈そうにうめいていた。「山、山ってね、そんなに山が珍しいんですかあなたたちは。山は山ですよ、日本の山なんてみんなおんなじだ、なんでこんなに山ばっかりなんだ日本は。こんな凸凹はみんなさっさと崩して、どこもかしこも平らにしてしまえばいいのに、そしたらずっと便利なのに。なんでみんなそう思わないんですか、不便でしょうがないじゃないですか。四大文明の発祥地のどこにこんなに山がありましたか、山なんて、文明の敵、文化の不幸だ。一刻も早く蹂躙すべき、人間の軛だ」「まあまあ、その文明のおかげで、こうやって今じゃ大概のところへはアクセスできるようになったんだしさー」「大概のところ、と全てのところ、の間には天地ほどのへだたりがあるんですよ。アクセス可能であることは、アクセスしやすいということを全く、ぜんぜん意味しないんですよ、マテリアルな世界では。ああ、山こそ、マテリアの象徴、フォルムの宿敵に他ならない、そうでしょうイトさん、神学的に」「神学的には、山も平原も変わりゃしないよ、どっちもマテリアで、この世はマテリアだらけなんだよ残念だけど、マテリアでないのはフォルムだけだよ」「ひどい! 神の本質が善だなんて嘘だ、嫌がらせが本質に違いない」「ああ、まあそういう説も昔からあるね」「そうなの?」「だって、神の本質が善ならなんでこの世に悪があるのかっていう議論でさ。そりゃ人間に不断に嫌がらせをすることで善なる行為へと赴かせるために違いないっていう」「そんな人間不信の考え方のどこが善なんですか、まんまメフィストじゃないですか」「だからそうやって人間不信に陥ったときに引き籠るために山があるんだよ」「ああー……」

幾つものおどろおどろしいトンネルを抜けた後20分ばかり走ったところで、「着きましたよ、みなさん」運転席からサッパリした声が響いた。「申し訳ないけど、車はここまでしか入れません。ここから先は歩きです、せいぜい百何十メートルかですが、少し上りになりますよ」やや開けた空地のようなところに、すでに赤いかわいい軽自動車が止まっている隣にワゴン車が入って、その隣に空色のセダンが止まる。それで空地はいっぱいだ。赤いのはきっとイーリンが乗ってきたのだろう。空地の向こうに続く細い杣道に沿ってトロッコ線路が敷かれている。みなが車を降りる間に行親は二両の車のトランクから荷物をさっさと出して、森川と向坂とにさりげなく指示して手伝わせながら巧みにトロッコに積み上げて紐をかけた。レバー様のものを操作するとトロッコがカタコトと自走しはじめるのを、人吉や糸魚川は歓声を上げてみつめる。糸魚川の靴がいつのまにか長いのに履き替えられて、パンツの裾がたくし込まれているのは上出来である。積み残した荷物の中からとりわけ重そうな荷物をふたつばかり行親はさっさと担いで、皆を先導して歩きはじめた。

下界の暑さが嘘のように涼しく、にぎやかに鳥の声がする。涼しさに励まされながら元気に杣道を登っていった一同だが、思いのほか勾配があり、少し先をトロッコが一見のろのろ登ってゆくのに追いつけそうで追いつけない。ワン、ワンという吠え声を遠くにききながら息をきらして歩み、ゆるいカーブを曲がった先のゴールにたどり着いたときには、そのトロッコから早くも荷は半ば下ろされて、うちひとつふたつを抱えた行親が二頭の犬にまとわりつかれながら、広い庭の向こうの縁側へまさに上がろうとしているところ。珍しくラフなジーンズスタイルのイーリンと相変わらずカラフルな梓雨が迎えに出ていて、一同を同じ広縁のほうへいざなう。「みんな、お昼の支度ができてるよ」勝手知ったる何とやらの采配に従って、庭とも畑ともつかない広々したところを横切る一同のまわりを放し飼いの二頭の犬がふんふんと嗅いで回るのを、糸魚川がちょっと怖そうにしていると、行親が縁側から「太郎、四郎。伏せ!」すると二頭ともたちまちピタっとその場に伏せるのである。柴犬の大きいのくらいの、ひどく精悍な感じの中型犬で、アフリカのリカオンのような茶・黒・灰色の派手な斑模様は、甲斐犬の血筋らしかった。「猟犬なんですね」「耳の立ってるほうが太郎、折れ耳のが四郎です」「二郎と三郎もいるんですか」「二郎は親父で、三郎はぼくです」「あっ、そうか。三郎行親さんなんですね、そうかー」糸魚川がおそるおそる二頭に近づいて「こんにちは」を言うと、二頭は心なしか歓迎の態で、伏せたままゆるやかに尻尾を振ってくれた。

二間をぶち抜いただだっぴろい座敷、というか薄縁を敷いた広間に長い座机が並んで、盆に湯飲みが積んであり大きなヤカンに茶が湧いているところなどは、ちょっと地区会館での町内自治会の会合という趣である。来る途中には意外にけっこう人家もあったから、実際そのような会合にしばしば提供される場所なのかもしれない。めいめい荷物をほどいて好きな席に陣取るころあい、鄙の旅館の仲居よろしくイーリンと梓雨が奥から次々に膳部を運んできた。ごはんに味噌汁、奥玉定番のヤマメの塩焼き。簡素な白っぽい恰好で配膳をてきばき手伝う行親はあたかも板前の格である。続いて精進揚げの大皿を捧げた白髪交じりの番頭のようなのが鞠躬如として罷り出たと思ったらそれが昭二郎時行であった。ひとしきり歓迎と御礼の挨拶をとりかわし、なごやかに中食を囲む。精進揚げは山菜かとみれば、多くは表裏の畑でとれたものだとのこと。この季節は案外、山の幸は薄いものなのだそうである。「晩はあんたたちがやるんだからね」イーリンが釘をさす。「きみたちが持参したもののほかにも、用意してある食材は使っていいそうだから。ただしスケジュールが詰まってるから調理時間は30分! ご飯だけは炊いといてくれる。台所の使いかたはユキさんに教わってね」「薪ですか」「ちゃんとガスも水道もあるから大丈夫だって。ただし包丁はめっちゃ切れるから気をつけること!」「はーい」

昭二郎とコンの間に小さいのがはさまって幸せそうにしていた。もの怖じもせずに精進揚げをほおばりながら、あくまでも礼儀正しく、それでいていっぱしの口をきく。小さいといっても座り背丈は小柄な昭二郎とそれほど違わない14歳、「といえば森林太郎7がサバよんで東大医学部にもぐりこんだ歳だな」昭二郎がいうと、「森林太郎って鴎外のことですよね。そんな年で東大なんて、すごいんだなー」「当時は東京医学校といったがな」「医学者でもあったとは国語で習ったけど、てっきり医学は片手間なんだと思ってました」「文芸のほうが片手間だったのかもしれんが、どっちにしろ当人にしかわからんことさ。示遠(しおん)くんは、今なにを片手間にしているな」「えっ、ぼくですか。片手間にしてること? ええっと、うーん」「学校の勉強かな」「勉強は、うーん、片手間にさえしてないかも」「コンピュータの勉強は?」とこれは反対隣のコンから訊かれてパッと顔を輝かせ、「あっ、それは片手間じゃないですね! がっつり両手間」「スマホは片手間なんですね」歳に似合わぬ親父ギャグを交わしつつ、「両手使うほうが面白いですか、やっぱり」「コンさんは?」「いや私はそんなフレッシュな初心なんかとっくに忘れてしまいました」「またそんなー。でもそうかなー、うーん、鉛筆片手とかじゃなくて両手だから夢中になるっていうのはあるかも、ピアノと同じで」「ピアノもひくんですか」「いえー、それこそ片手間でぜんぜんだめなんです。ピアノの練習には麻雀がいいって昨日いとこの兄ちゃんが言ってたんですけど、本当かなあ」「それはわしも聞いたことがあるな。ピアノの鍵盤も麻雀牌も象牙でできておって、幅も同じくらいだから、指先の神経を鋭敏にするのによいとかきくと、あながち法螺でもないような」「誰が言うんです、そんなこと」「コンくんは知らんかな。十何年か前までGenSHAにおった音楽学者がピアノ弾きで——」「えっ、ひょっとして吉井先生ですか、演劇もやる」「そうそう、あれがまた昔からなかなかの不良でなあ」「そうなんですか!」

テーブルの向こうの端では、なんだか妙に意気投合したらしい行親と森川に向坂・糸魚川が加わって、犬たちと狩猟、および食材と調理の話に花を咲かせているらしかった。明朝さっそく渓流釣りに行く約束ができたらしい。その隣で黙々と食べながら真剣なおももちでひとり原稿に手を入れている小笹の横では、たまさか女子会のおもむき。イーリンと加納はもともとそれほど気の合う仲ではなく、互いに敬意を持って適度な距離を保つ間柄だったが、いまは梓雨を間にはさんで和やかなひとときだ。

食事が済んでしばし胃袋を休ませ、手早く片付けを済ませたら、すぐにゼミの開始である。トップバッター小笹の発表に先立って、沢渡が三日間のプログラムを配った。

◆奥玉合宿プログラム

第1日
到着~昼食・休憩
13:00~15:00
小笹太一「沈黙のにぎわい――現代における古書店/古書展の意義を再考する」
15:20~17:20
糸魚川縁里「宗教改革と出版倫理の相互干渉に関するまとめと試論1」
夕食
19:30~21:30
林依玲「排除条例以後、反社会的集団の表象はいかに変化したのか」
第2日
朝食~自由時間~昼食
13:00~15:00
森川一己「サヴォナローラと日蓮の扇動レトリック比較」
15:20~17:20
加納史織・向坂理久「anima/animal/animation:ものに「生命を吹き込む」という言説について」
夕食
19:30~20:20
張梓雨「お酒と詩の作法――罰ゲームとしての詠詩」
第3日
朝食~自由時間
10:30~12:30
沢渡歩夢「生化研ガラスドームの〈ドーム〉としての見え方について」
昼食~撤収

(つづく)

2020.6.10

 

(小説:おりば・ふじん/一橋大学大学院言語社会研究科)