機関誌『半文』

文亡ヴェスペル 日常系ミステリ-人文学バトルマンガAURORAのためのプレヒストリー・スクリプト-

小説:折場 不仁 漫画:間蔵 漣

*登場する人物・機関・組織等は、実在のものとは何ら関係ありません

第7回 セフィロス

その同じ晩、匡坊駅前の喫茶店「セフィロス」で、久々に「くにまち文教マッピング」の会合がしめやかに行われていた。広やかなテーブルに、4センチ四方くらいのプリントアウト写真が花びらのように散らかっている。どれも市内の各種教室やギャラリー、貸しホールからスポーツ施設、碁会所まで様々な教養施設の看板や玄関口を写したもので、この春以来「マッピング」の参加メンバーが手分けして町じゅうを歩きまわって撮りためてきたものだ。3カ月ほどで400枚近く溜まったが、それでもまだ歩いていない地区がたくさんある。

「本当にそろそろ整理方針を決めないといけませんね」新米パパの小笹がノートパソコンのキイを忙しげに叩きながら言った。「方針さえ決まれば、ボクやりますよ、サクサクっと」図書館勤務が退けた後で、もう6時をとうに回っているが、夏の日はまだまだ長く、「セフィロス」も客入りはたけなわである。広々として客の長居に寛容なこの老舗は、授業の後の打ち上げや自主勉強会にうってつけの場を提供していて、一箸生には長らくかけがえのない貴重なカフェだったのだが、それが駅前の再開発を機についに撤退の運びとなり、8月いっぱいで閉店するというので、定連たちはこれまでにも増して足しげく通ってくるのだった。くにまち公民館からごく近いこともあって「マッピング」のミーティングにもこの店を重宝させてもらっていたのだが、秋以降どうするかという問題は、それ自体さほど解決困難ではないにせよ一定の避けがたい哀愁を伴う問題として、梅雨空の黄昏とあいまって一同の上にどこそこ陰を落としていた。

チリリンドアを開けて沢渡がやってきた。「どうも、降られちゃって」と濡れた上着を脱ぎながら一同に会釈し、六人掛けのテーブルの片端に空いた席にそっと座る。「このたびは、鶴巻さんがとんだことで。何と言ったらいいか、その――このテーブルで席が足りるようになっちゃったんですね」

「沢渡さんもみなさんも、お心づくしどうもありがとうございました」公民館スタッフの高藤佐知(たかふじ・さち)が持ち前の深いアルトの声で言った。「ご遺体は群馬の息子さんがお引き取りになって、お通夜もお葬式もそちらでねえ。公民館からは代表して私がお通夜にだけちょっと顔出して、みなさんのお香典もお届けしたら、お悲しみの中にも喜んでくださって。若いかたがたと一緒に匡坊研究をしてるんだといって生前お父様がずいぶん楽しんでいらしたとかで。みなさんにくれぐれもよろしくと」

「鶴巻さんには国坊のことだけでなく都市建築とか印刷のこととかもいろいろ教えていただいて、これからも、というか、これから、と思ってたのに、本当に残念ですよ、あんなにお元気だったのに」

「人が急にいなくなっちゃうっていうの、どういうことなんですかねー」しんみりと人吉が言う。「ただ寂しいとかそういうのではなくて。何なんだろうっていうか」

「そういえばほとんど前後して、そちらの研究科長も亡くなられたんですよね」もうひとりの公民館スタッフ原口裕(はらぐち・ゆたか)が言った。原口は公民館とGenSHA連携のスーパーヴァイザーのような役割である。「連携覚え書の取り交わしでは福富科長にはずいぶんお世話になったものです。福富さんもお葬儀はお身内でということで、こちらは館長がお通夜に行きましたけどね……」

まるで香典と悔やみを取り交わすための連携のようじゃないか、と沢渡は思ったが、さすがにそれを口に出しはしない。「呪い」などという言葉も思い浮かんでこようとするのを抑えつけ、代わりに、隣席にちんまりと落ち着いている小柄な禿頭の老人に語りかけた。「須崎さんもお寂しいでしょう、鶴巻さんとはずいぶん長いおつきあいでいらしたんですよね」

「長いいうても退職後だすけえどもな」よく通る明晰な浪花弁で須崎幸四郎(すざき・こうしろう)は、笑みとも何とも言い難い翁面のような表情をたたえて言った、「年は離れとうても何や気が合うて、ふだん仲良うしてもろうとりましたさかい、そら寂しうおます。茶飲み友達がまた一人減ったゆうこっちゃけえど、若いひとに先逝かれるのは、えろうかないまへんな、いつかてな。そやいうても、この歳になったらな、たいがいの人は、わたしらよりどないしても若うして逝きはりますよって、そらもう、どもならんこっちゃ」

自分などの目から見れば、斉木と同様そろそろ「お年寄り」の範疇に入ると思われた鶴巻でも、八十路をとうに超えた須崎の目からは「若いひと」なのだなと沢渡は改めて感じ入っていた。須崎から見れば自分らなどは「若い」うちにすら入らないのかもしれない。劫を経た人のこうした述懐に対して自分には何も言えることがないという事実が、沢渡にはいっそすがすがしいもののように思われた。

「そやよってに。わたしら、ここでべんべんと悔やんどってもどないもならんで、やることやらんなりまへんがな。せっかく集まっとんのやさかい、そや。さき小笹はんの言うた整理方針ちうのな。言うたらあれやけど、こないして写真を紙にうつしてヒラヒラさしてバラ撒かんでも、もうええんとちゃいますか。パソコン使われへん鶴巻はんがいてはったさかいこないしよりましたんやよってな。わたしはこれで見ますさかい」と言って風呂敷包みから最新のタブレットを取り出した。高価な大判である。一同から嘆声が上がった。

「この歳になるとさすがに目ェが弱ってきとりますさかいな、写真やらメールやらようけ見るのやったら、スマホは小さい小さいよってにな、こういうのえろう便利だすな。みなはん写真どないしてはりますか、まとめてどこぞのストレージにでも上げとくれなはったらよろしおますやろ。今これのアドレスそっちゃへ送りますよって」

そう言いながら慣れた手つきですみやかにタブレットを操作する須崎を、学生三人は唖然として眺めた。公民館の高藤と原口は今さら驚かない様子である。「目が弱っている」などと、どこの宇宙民族の基準かと思われた。それを察してか須崎は(おそらくよくある場面なのだろう)楽しげな響きを声に乗せつつ、

「わたしらみたいな年寄がこないしてこないなもの使うとりますと、みなはんよう驚かれますけえどもな、ほれ、左手に槍、右手にスマホちうのがおますやろ、なんやほれ有名な、そやマアサイ族1のみなはんのそういう写真やら見たことおますやろ、ああいうのん、恰好ええなあ思うとりますねん。ほんまはライオンも飼いたい2思いますけえどもな。日本ではそうそう飼われへんし、よう散歩行かれへんよって」

最近ようやく知られるようになったクラウドストレージ・サービス3を選定して各自写真をその場で上げ、須崎の新規アドレスを加えたメーリスに共有URLを流すなどし、なんだか急速に「整理方針」策定の体制が整いつつあるかのように思われた。須崎はべつだん、世界を股にかけて飛び回っていた記者とかカメラマンとか冒険家とかそういうものであったわけではなく、ごく普通にサラリーマンとして何かの製造業の会社に地道に務め続けて40年、ずっと関西で、20年ほど前に定年退職後にふとした気まぐれで東京へ移ったということだったが、須崎に限らず、一個の人間が秘めるキャパシティというものに関して銀河規模の可能性を知らしめてくれるような人が匡坊市には多く棲息していることを、沢渡たちはこの間にしばしば思い知らされている。鶴巻研二(つるまき・けんじ)もそのような一人であった。「若い」ころは建築デザイナーか何かの仕事をしていたのが、わりと早期に引退して、匡坊市のいわゆる地域史研究に没頭するようになったとだけ聞いていたのだが、ミーティングの折々に言葉のはしばしから、引退後も地域史のみならず様々な活動に携わって各方面との交流も深いことがうかがわれた。小さなインテリア工房をなお維持しているらしいこと(ただし所在は匡坊市の隣の市のようであった)、俳句・短歌に造詣が深く文芸サークルを主催していること、地域史紹介と季節の句歌をとりまぜたサークル誌のブックデザインを自ら手掛けて活版で印刷し、それが斯界ではけっこう評判らしいこと、写真も好きでよくドキュメンタリースナップを撮り、むかし何かのコンテストで佳作をとったことがあること、今もフィルム写真にこだわって自分で現像しているという話などに、沢渡たちはそのつど感嘆していたものである。電車に轢かれた当日も一眼レフを携帯していたそうだが、入れたての真新しいフィルムごとカメラは無残に粉砕されていたという。

「そういえば浩太(こうた)さんが――」と高藤が言った、「その群馬の息子さんですけど、そのうち工房を整理したらマッピング関係の資料や写真が出てくるかもしれないから、そしたら連絡するとおっしゃってましたよ。前回のミーティングからほどなく亡くなってしまわれたから、新しい写真とかはあんまり撮ってらっしゃらないと思いますけど、個々のスポットで面白いと思われたものについて、由来とか設立経緯やなんか、ご自身のこだわりでけっこう調べてらっしゃったみたいですからね」

「アトリエの整理といってもそうすぐには行かないだろうけどねえ」と原口、「工房を継ぐ人は誰もいないんだっけ? おひとりでやってたのかな」

「いや、誰かおらはったんと違いますかな、若い人が、何ていわはったか覚えへんけえども、印刷やらよう手伝うてる人が確かいやはりましたな、何度か遊びにいたときに会うたことありますな」

「鶴巻さんみたいに、川べりの矢野地区にお住まいなのに公民館にしょっちゅう出入りしてくださる人はとても珍しかったんですよね。くにまち地区と矢野地区は歴史的にも成り立ちが別で、そのあたりについてはそれこそ鶴巻さんのご専門でしたけど、今でも双方あんまり触れあわないから、このマッピング企画をきっかけにして南北両地区の交流というか相互理解が深まるといいねって、よく鶴巻さんとお話ししてたんですよねえ、そういう意味でも本当に残念というか、鶴巻さんご自身もお心残りだったかもと思うんです。そのお若いお弟子さん?のかたに、後を引き継いで加わっていただけたらいいんだけど、さすがに無理ですかねえ」高藤は連携以前からGenSHAと公民館の協同のプロジェクトにずっとつきあってくれている古参の実働スタッフである。なんといっても学府の内と外とでは気風も言葉づかいもけっこう懸隔があるのだが、そこをうまく繋いできたのはもっぱら高藤の人柄と聡明な配慮なのであった。その高藤のアルトの声も今日はいつにもましてしみじみとしていた。

「そういうたら、亡うなる二、三日前にも、鶴巻はん一所懸命、なんや調べてはったな。おもしろいこと見つけたやら言うて、はりきってなはったけえど」

「それ私も聞きました、公民館にいらして、何だかすごいこと発見したとか、でもまだヒミツだとかおっしゃって。何だったんだろう。そのアトリエの若いひとに訊いたらわかるのかな」

「あのう、そういえば」と人吉が言いだした。「前のミーティングでやっぱりこうして写真を広げてたときに、鶴巻さんが着目してた写真がありましたよね。なんか廃墟みたいな、怪しい看板の」

「あったね、そうそう」と原口、「何だっけ確か、ヒーリングスポット? あの写真どれだっけ」

「ありますよ、これですね」小笹が共有フォルダに入れたばかりの写真群からその一枚を選び出した。学生たちと須崎はめいめいディスプレイをのぞき、いま手持ちのデバイスがない公民館の二人はテーブル上の写真を掻き回してその一枚を探し当てた。一見、灌木のやぶに埋もれて打ち捨てられた廃屋のように見えるが、朽ちた看板らしきものにうっすらと「ヒーリ…グスポッ……BO……」と断片的に文字が読める。

「沢渡さんが前回撮ったやつですよねー、これ」

「あー思い出した。川沿いの、倉庫が並んでるあたりのはずれにあったんだ。人けのない場所で、何だかわかんないけど一応撮っとこうと思って。そういえば鶴巻さんこれに妙に食いついてたな。一度行ったことがあるとかって」

「喫茶店かと思って入ったら違ったっていう話でしたよねー」と人吉、「入ったら人が歌ってて、だけど無音室だったって」

「なにそれ」と沢渡、「そんなわけわかんない話だったっけ。無音室? そんなこと言ってた?」

「あー沢渡さん中座なさってたときの話だったかも。無音室だか、防音室だか、ともかくそういう特殊な壁でできた四角い箱みたいなのだったとか」

「その話は初耳だすな」前回のミーティングに欠席していた須崎が言った。「無音室たらいうのんは。そやけど鶴巻さん調べてはったんは、おおかたそのヒーリングなんちゃらやと思いますわ、川べりに歌声喫茶みたいなもんあらへんかったかいうてわたしも訊かれたさかいな。ほんでそういう場所は実際おましたで、もうだいぶん昔のことや思うけえど」

「須崎さんご存じなんですか」

「わたしもな、くにまちへ来てすぐのころは、いっとき緑地区に住んどって、緑地区て矢野の東側だすけど、犬連れてよう川べりを散歩しよったときに、いつやったか、えらいかわいらしい店ができとるなあ思たら、なんや歌の練習する人が集まっとるんやちう話で。誰が言うてなはったんか忘れてもて、それに自分、だいたいはその店のだいぶん手前くらいまでしか犬連れてよう行かなんだけえどな。そやけど暗うなるころに川べりを歩きよると、西風の吹く日にはたまあに、高あい声やら低うい声やらのきれーな歌声がきれぎれに聴こえてきよったもんだす」

「国坊は合唱や歌のサークルがたくさんありますから、そういうののひとつだったのかもしれませんね。でも――」

「鶴巻さんの話だと、喫茶店かなと思ってそっと足を踏み入れたら、そこはまず簡単な厨房みたいなとこで、のれんのかかった向こうにお茶やコーヒーの用意がしてあって、フラスコとかもあって」

「フラスコ?」

「で、その右手に半分開いたドアがあって、その向こうから超高音と超低音の断片みたいな歌声が漏れてて――」

「よく細かく覚えてるね人吉さん」

「無音室っていうのがすごく衝撃的で気になったからよく覚えてるんですよー。でそのドアを開けて入ってみたら、とたんに歌声が止んじゃって、すごくシンとした感じになってっていう。それが、歌声が止んだからシンとなったというのとは何か違う静かさで、見たら四方の壁も天井もって」

「鶴巻さん建築家だからそういうのパっとわかったんだろうね」

「そうそう、窓から最初にのぞいたときに、壁も、窓のサッシとかも何か普通じゃないと思って、つい入ってみたっておっしゃってましたよねー」

「窓はあったわけだね、この写真でも窓あるものな、小さいけど。須崎さんが散歩のとき歌声きいたのは、きっと窓が開いてたんだろうなあ」

「防音室に窓つけますかねえ?」

「一旦まわりをぐるっと回ってから入ったらそんな具合で、みんな黙って、いらっしゃいませも言わないでじっとこっち見てるから怖くなって逃げちゃったって。で逃げながら振り返ったら、ひとりがたぶん壁と同じ防音ボードで窓をぴったりふさぐのが見えたとかって。それでますます怖くなって、二度と近寄らなかったそうですけど」

「それもう十年以前のことや思いますわ、わたしらまだ鶴巻さんと知り合う前だすな。それからわりあいすぐに誰もおらんようになったんと違いますかなあ、犬が年寄って散歩もままならんようになったころには歌も聞こえんようになってもて、若い人らどこへ行かはったやら。そや、あれな、そういうたら、何や一橋大学の政治サークルやちう話もおましたで」

2019.4.10

第8回 鳥の歌

一箸大学の政治サークル、というだけではどうにも雲を掴むような話で、一同大いに興味をそそられはしたものの、それ以上どうこうしようという話にはならなかった。漠然と十年以前の数年間にどういうサークルが存在していたか、どこかにあるかもしれない記録を当たるといっても、必ずしも正規登録されたサークルだったとも限らないから、何か調査しようとすれば結局はおそらく鶴巻がそうしたでもあろうように近所の話をきいてまわって人々の記憶をたどるなどするしかないのだろう。もっとも、逆に言えば鶴巻としてはサークルの記録であれ何であれ学内データにそうそうアクセスできたはずもないから、そういう聞き取りや何かだけで充分にすばやく何事かへたどりついたわけである。その跡を辿って今度は沢渡たちが自分で聞き込みに歩くということも考えられないではなかったが、そもそもその政治サークルないし歌声喫茶が鶴巻の死と直接に関係しているとは誰も思っていなかったので、その日はついそのままになったのだった。

しかし翌週またファウスト・ゼミがひらかれ、斉木とともに音楽学者の吉井もやってきて、『ファウスト』中に散りばめられた多くの合唱場面、特に「天使の合唱」とかそういうものを現代においてどう演出すればいいのかという話に花が咲いたあと、ゼミ後に院生定連だけが残ったところで沢渡はふと思い立って、かのヒーリングスポットなるものについて吉井にきいてみた。十年くらい前までGenSHAにいたという音楽学者の吉井なら、ひょっとして何か知っているかもしれない。すると案の定吉井はあっさりと、

「ああ、うん知ってる、ボーゲンだったかな。ヒーリングスポット・ボーゲン。なに、あれまだあるの、ひょっとして?」

「あ、いえ、今はなくって、廃墟みたいな小屋が残ってるだけなんですけど」

「ああそう、やっぱりねえ。いや僕も直接関わってたわけじゃないんだけど、もう十五、六年前になるかなあ、学部ゼミの学生が一人、立ち上げのころに一枚噛んでてね。最初からヒーリングスポットって言ってたわけじゃなく、最初はそれこそ天使の歌声をめざすじゃないけど、歌の力を一から探求してみようっていう、純然と音楽の自主研究サークルだったんだ。場所も学校でやってたと思うんだけど、そのうちあの小屋をどういうツテだかでタダ同然で借りて、自分たちで手入れをして使ってたらしい」

「無音室だったって聞いたんですけど、そういうの作るのすごくお金かかるんじゃないですか?」

「そうそう防音ボード貼ったとか言ってたねえ。お金の出どころは忘れたけど、それも会員の誰かのツテでって話じゃなかったかなあ。どのみちそんなに完全な防音じゃなかったと思うよ。でもそれで防音状態で録音したり、窓やドアを開放した状態で録音したりいろいろそれなりに自分たちで実験して、楽しくやってるようなことを言ってたんだけど、その後だんだん方向性が変わってきたとかで。ヒーリングとか癒し効果はいいとして、だんだん、洗脳、というか、説得の補助手段として歌をもっぱら考えるほうへ特化していったらしいんだ。言説に広く説得力を持たせるために歌をどう使うか、とか」

「あー、それで政治サークルっていう話になったのかな。音楽の政治的利用?」

「うん、どうやらね。あれじゃあ逆に退廃芸術って言われても仕方がないとか言ってその子ちょっと怒ってた、ボーゲンのボーは亡ぶの亡になっちゃったって――」

「あの、すみませんボーゲンってどういう意味でしたっけ」

「ああ、ごめんごめん。ドイツ語でBogenは弓とか、アーチとか、弧を描いたものだね。天空のことも、円天井という意味でボーゲンと呼ぶことがあるし、虹も一種のボーゲンだよ。レーゲンボーゲンRegenbogen、雨の弧っていうんだ」と言って不意ににこっと笑う。終始にこやかに語る吉井だが、時々ことさらに微笑むと、それまでは別に微笑んでいたわけではなく普通ににこやかだっただけで、これがこの人の本当の微笑みだったのだということが、消えかかる虹にちょうどのタイミングで気づくように気づかれてハッとするのだった。この人が「ちょっと怒っ」たりしたらどんなふうだろうか、と沢渡はひそかにあらぬことを考えて背筋が少しぞくっとした。「バイオリンやなんかの弓もボーゲンだし、楽譜の上で弧を描いてるタイやスラーもボーゲンの一種だから、そういうところから名づけたんだろうね、その子なんかはボー、ボーって呼んでたけど。木村くんだったかな。いや木下くんだったかな」

「木梨(きなし)くんじゃない?」斉木が珍しく記憶力を発揮して言った。古いことはよく覚えているという例のパターンかもしれない。「確か木梨くんよ。あなたよく言ってたじゃないの、面白い子がゼミに来てるって。私も一度会ったことあるわねえ、ほら私がGenSHAに来るときにゼミの打ち上げに招んでくださったでしょう、そのときに彼もOBとして来てたんじゃない?」

「ああそうか、そのときに聞いたんだ、ボーがダメになっちゃったって。それで嫌気がさして、ちょうど卒業もしたことだしというのでやめたんだとか」

「その木梨さんというかたは今どうしてらっしゃるんですか」

「さあ、どうだろう。学部を卒業して順当に、金融か何かの方面に就職したんだ確か。もうどっかで相当偉くなってるんじゃないかなあ、とっても優秀な子だったからねえ」

「不動産関係にお勤めだって言ってなかったかしら」

「不動産? そうだっけ?」

「貸しホールがどうのって話をしてくれた気がするんだけど。わかんない忘れちゃった。でも彼、やめてよかったのよそのボーゲンっていうの。そのあと何かトラブルがあったんだと思うわ、サークル内で。詳しくはわからないけど、集団暴行未遂か何かで学生が二人くらい処分されたのよね、停学だか退学だか、あれってそのサークルの話じゃなかったかしら」

「ええっ、ほんとなの。そんなこととは知らなかったよ、それつまり僕が辞めた後の話だよね?」

「そう、そう、私が来てわりとすぐじゃないかしらねえ。ちょっと噂になってたのよ。幸いたいした怪我人もなくて、結局表には出ずに学内で処理されたんだと思うけど。詳しいことは昔の教授会資料を見れば少しはわかると思うわ、でも極秘資料よねきっと、そういうのは」

さすがに教授会資料を調べてくれなどと頼むのはとりあえずはばかられたが、ともあれ詳しいことを本当に知りたければ、その木梨さんという人を探しあてれば話をききにいけるわけだ、と沢渡は考えた。集団暴行未遂というのがどういういきさつだったにせよ、その人はすでに部外者だったのだろうから、訊けば、知っていることは話してくれるのではないだろうか。しかし、とまた考える、もしその木梨さんが今ほんとうにどこかで「偉くなって」いて、かつて関わったサークルの不祥事をどうあっても人に知られたくないと思っているとしたら? それを今頃になって誰かがほじくり返そうとしているとわかれば? いやいや、それはさすがに考えすぎ、不出来なミステリの読みすぎといわれても仕方がないだろう。トラブルの経緯にもよるだろうし、だいいち鶴巻さんの人柄からして、どんなに出世した人であろうと一介の民間人の過去の恥部、それも自身の恥部ですらないものを発見して小躍りするとも思えない。それで、鶴巻が死の直前にこのボーゲンのことを調べて回っていたことは、沢渡も人吉も申し合わせたように何となく口に出さずにしまった。上野原やコンなど公民館企画にタッチしていない面々もいるため遠慮もあったのだが、もしそのことにここで言及していたら、その後の展開は少しく異なっていたかもしれない。

「そのう、歌をきいたことがあるっていうそのご高齢のかたのお話では、すごーく高い声とすごーく低い声に分かれてるのが特徴的だったっていうんですけど、それってどういうものなんですかー」と聞いた人吉の質問から、話題はまた音楽のほうへと穏やかにそれていった。

「「ヒーリングスポット」になった後どんな音楽をやってたのかは、僕もわからないんだ。最初はごく普通の合唱だったと思うけどね。低音と高音を組み合わせるのはもちろん基本だけど、そういうことじゃないんだね? 普通のバスとかソプラノとは違うってこと?」

「えー、わかんないですけど、たぶん」

「だとすればとりあえず思いつくのはモンゴルのホーミー1だけどねえ。倍音を響かせて、低音と高音で二重にメロディを響かせるやつ、聴いたことあるでしょう」

「それ思ったんですけど、私たちも、でもその人のお話では、ホーミーとも違うらしくって。高音と低音が一緒に動くんじゃなくて、べつべつの動きをして、べつべつのメロディを奏でたりしてたみたいなんです」

「別々なの? ふうん、何だろうね。超低音のほうは、やっぱりチベット声明(しょうみょう)2なんかが思いつくね。あれも倍音唄法だっていうけど、ホーミーの低音のほうの音に似てる。最初にきいたときは衝撃だったよ、人間とも思えない重低音」

「密教的な何かの根拠があって低音なのよね、あれ。高音を重ねることもあるんでしょう?」と斉木。

「うん、でも重ねても基本的にユニゾンだと思うなあ。高音のほうは、ホイッスル・ヴォイス3って呼ばれる超高音があるね。マライア・キャリーあたりで知られるようになった、ピーっていう笛みたいな声、頭の後ろのほうから出るの」

「『魔笛』の夜の女王みたいな声かしら」

「あれよりもっと高い。ただ、夜の女王でもそうだけど、歌詞を歌えるようなものじゃないと思うけどね」

「中世の医学には、超高音で歌う鬱病療法があったって話を何かの本で読んだことあるわよ。患者を一列に並ばせて、鳥のように高い声で歌わせると鬱が治るっていうメソッド」

「それは面白いね。高い声がポイントなの、それとも鳥のようにっていうのがポイントなの」

「うふ、わからないけど、でも今でも発声療法とか歌唱療法? そういうのはあるわけだから、あながち荒唐無稽でもないかも」

「鳥のような高い声っていえば、ボリビアにちょっとすごい人がいるんだ。ルスミラなんとかっていう。ルスミラ・カルピオ4かな、一度聴いてごらんよみなさん、あ、今ここで聴ける?」

というので、それからひとしきりみんなで鳥や鳥の歌をモチーフにした音楽を検索しては次々に聴いて遊んで一時間ほどを過ごした。コンが定位置に陣取り、皆が口々に挙げる曲を拾っては流す。教室は普通どこもネット接続が無線で微妙に不安定なのだが、開発室だけは特別に有線で安定的な接続を確保してあって、スピーカーシステムも古いながらそれなりに悪くはない、ただ壁が薄いのが難点だけれども、と沢渡は思った、まさか防音ボードを勝手に貼ってしまうわけにもいかないだろうな。「鳥関係の曲だけを集めたコンサートが今度あるみたいですよ」コンが言った。「ああそう! うん、時々やる人がいるよ。西洋特有の現象なのかもしれないけど、ある種の音楽家や詩人はどうしても最後は鳥に寄っていくようなところがあるんだねえ」

メシアンの「鳥のカタログ」5、リスト「鳥に語るアッシジの聖フランチェスコ」6、グリーク「小さな鳥」7、ラモー「鳥のさえずり」8、ダカン「かっこう」9、クープラン「恋の夜うぐいす」10、ハイドン「ひばり」11、モーツァルト「おいらは鳥刺し」12、ジャヌカン「鳥の歌」13、シューマン「予言の鳥」14)……「「もしも私が鳥ならば」15はどうしますか」「if I Were a Bird16的なものはいっぱいありますよね。なんかコードギアス17ばっかり出てくるんですけど、これ元曲あったりすんの?」「シャンソンなら僕はあれがいいな、囚人が雀をうらやむやつ18」「鳥に何かを託すっていう方向で漁り始めたらそれこそ鳥の数ほどありそうですよねー」「ピアソラの「迷子の鳥」19はききたいわね、あれも託す系といえば託す系だけど」「そういえばレスピーギの「鳥」20ってあるじゃん、あれ、何がどう鳥なわけ?」「きりがないなー。まあじゃあ今日のところは、なるべくミメーシス系に絞りますか」――サン・サーンス「大きな鳥かご」21、ドンジョン「ナイチンゲール」22、グラナドス「マハと小夜啼鳥」23、ヴィラ=ロボス「きつつき」24、武満徹「鳥は星形の庭に降りる」25、三宅榛名「鳥の影」26、ラヴェル「天の三羽の鳥」27「悲しい鳥」28、モンポウ「悲しい鳥」29、ヴォーン=ウィリアムズ「揚げひばり」30etc.etc.……カザルスの「鳥の歌」31がかかると、嫋々とたゆたうチェロの低音に乗って、むしろなぜか窓の外のほんものの鳥たちの声がいつも以上に澄明に耳に届いて、曲の最後のほうで「ツツピー、ツツピー」というシジュウカラの声がひときわ高く響いたときには、皆思わずシンとなってしまった。

翌日。上野原が真弓の研究室を訪れてこう言っていた――「あの今度、秋に言語文化論学会で、友人たちとパネル発表をしたいと思うんです。それで実は、先生にパネルのコメンテーターをお願いできないかと思って」

「コメンテーター! 僕が? 希望の表象とかって話ならむしろもっと哲学寄りというか、思想寄りの人のほうがいいんじゃない? ほらアガンベンの逸瀬くんとか」

「ええ、でも、たぶんですけど最も本質的には詩に関わる話になる気がするんです。だから僕は真弓先生がいいなと思って」

「詩ね。そう。きみが考えてる詩ってどういうものなの」

「それがよくわからないんです、すみません。でももしパネル採用されたら、僕は自分の発表では、映画の画面の上の光と、鳥の歌の関係について考えようと思ってるんです」

2019.6.10

第9回 バード

「鳥の声と、映画の光と、詩と、希望ねえ」真弓はいささか困惑の態で、ふうっと息をつきながら、古ぼけた皮貼りのソファの背凭れに体を預けた。「ちょっとした四題噺じゃないの。そりゃまあ、どんなふうにも繋がらないこともないだろうけど、普通に繋がりすぎてむしろ手がかりがないように思うなあ。映画って例えばどんなの」

「映画は、もともと全体が光ですから」上野原は飄々として、「どの映画のどの場面でも別にいいんですけど。どこをとっても光は光なんで、この映画のここがことさらに光だって言うのはむしろ難しいんですよね」

「そんなもんなの?」真弓は午前中の部局長会議で出た気の重い話題のことを考えていた。GenSHAの博士課程の「滞留率1」――正規在学年限を超えて留年し続ける学生が多いために学生定員充足率が450%を超えている現状を何とかせよというので、午後このあとには、その話題に関して和久・城崎と内々で少々検討する予定になっている。上野原はまだ博士1年生であるから、「何とかする」べき直接の対象ではないのだが、放っておけばこの子もおそらく2年後には、滞留率のさらなる上昇に年々貢献する立場になることだろう。真弓の心労を知ってか知らずか上野原は、

「それより先生」と駘蕩たるおももちで続けた。「シェイクスピアに、『不死鳥と雉鳩』2っていう変な詩があるでしょう、謎めいた。あれ、正直なところ先生はどう思われますか」

また妙なところを衝いてきたなと真弓はやや警戒した。優秀な学生というものはどうしてこう、ひとがせっかくうまく人目につかぬところに置き忘れておいたものをわざわざ届けてくれるような真似をするのだろうか。先日書き上げてようやっと締切に間に合わせた論文では結局かの詩についてはなんとか触れずに済ませたのである。しかしいつまで先延ばしにしていられるものでもないことはわかっているのだ。

「どう思うって、どういう点で?」

「えっとそのう、あれが鳥の詩だっていう点についてです。あれは高貴な真実の愛のありかたを歌った形而上詩だということになってると思うんですけど、それがなんで鳥なのかなって」

「まあ、愛とか、愛しあう者たちの表象として鳥を歌うっていうのは古くからの伝統としてあるものだからね。それにあの詩はシェイクスピアが単独で書いたんじゃなくて、みんなで同じ題の詩を寄せた企画もののひとつだから。「不死鳥と雉鳩」っていうのはいわばそのときの「お題」だよ。東洋でもあるじゃないの、愛の象徴としての鳥っていう題は。おしどりとか。比翼連理3って言葉もある。鳥はつがいを一生守る種類が多いからね、コウノトリでも、ペンギンでも」鳥のつがいの話をすると、ついどうしても若いころに見たホドロフスキーの『エル・トポ』4を思い出す。主人公のさすらいのガンマンと決闘する磊落な男が、撃たれた拍子に灰色のむくむくしたコートの両腕をぱたつかせて倒れ、それを見た妻が甲高い声で泣き叫びながらよたよたと駆け寄っていくその瞬間に、この夫婦が砂漠のオアシスに棲むひとつがいの水鳥であったことが、文字通り撃たれるようにわかるのだ……5年前に亡くした妻が後ろ姿で羽ばたきながらギャアギャアとカモメの声で鳴くのが耳元で響きわたりそうになるのを抑え込みながら、あくまで淡々と真弓は答えた、「だから鳥のモチーフ自体には不思議はないよ。なんで不死鳥と雉鳩なのかっていう議論はまた別にあるけどね」だがその手の議論・検証に実は真弓はほとんど興味がなかった。何それの形象が当時の誰それを暗喩している云々という解釈はむろん面白くはあるが、結局のところ詩の全篇が、今ではどう調査しようもないコミュニティのマイナー内輪ギャグネタだったらどうするのかと(不謹慎にも)つい思わずにはいられないのである。「シェイクスピアの鳥に着目した研究書は、いいのもいくつかあるから、興味あるなら読んでみたら」

「実のところ僕自身は、あのう、シェイクスピアの鳥に特に興味があるってわけでもないんです」ゆるい天パーのふわふわした頭髪をやや照れ臭げに揉みよじりながら上野原は言った、「『不死鳥』のことをお訊ねしたのは、言ってみれば先生の気を引くためなんで」やれやれ、と真弓は思う。こんな厚かましいことをシャアシャアとぬかす学生に腹も立たないのは、自分が疲れているせいなのか、それとも上野原の特有の人徳と言うべきなのか、確かに、どちらかといえばネガティヴな方向にではあるが気が惹かれてしまった事実は認めざるをえないので、うかうかと嵌った己れに真弓はむしろムカッ腹が立った。「シェイクスピアがBardって呼ばれることは知ってる? 大詩人っていう意味だけど、カタカナで書けばバードだからね、仇名が「鳥」だったと思ってる人が世間にはけっこういるんだよ」

「詩人と鳥のイメージはお互いに妙にマッチしますよね。ロビン・フッドの冒険に出てくる詩人がいるでしょう、彼だけは緑の服を着ないで、なんか赤いひらひらした鳥みたいな恰好してるんですよね確か」

「そうだっけね?」意地でも気なんか引かれてやるものかと真弓は思った。「いや、赤い服を着てるのはウィル・スカーレットっていう別の人だよ。詩人はアラン・ア・デール5だったかな、どんな服装だったか忘れたけど、確かディズニーのアニメでは、ニワトリ・キャラにされてた気がするね、言われてみれば。ニワトリがリュートかなんか弾くの」

「へえ、それは面白いですねえ。ロビンもみんな鳥なんですか」

「いや、ロビンは確か狐かなんかだ。メインキャラで鳥はアランだけだったかも……しかもニワトリ……」全身にコールタールを塗った上にニワトリの羽をまぶして晒しものにする伝統的なリンチのスタイルをふと思い出しつつ、英国におけるコミュニティと芸能と差別の問題に関して新たな筋が引けそうな予感が脳裏に明滅するのを真弓は覚えたが、ここで深入りしてはなるまいと、あやういところで口をつぐむ。

「そうかー、やっぱり鳥なんですねえ。チャーリー・パーカー6っていうジャズのサックス吹きが、詩人じゃなくて音楽家だけどやっぱりバードと呼ばれてて、こっちはほんとにBirdなんですよ。もとはYardbird(ニワトリ)と呼ばれてたのが縮まったっていうんだけど、なんでバードになったのかほんとの理由は諸説あってよくわかってない。シェイクスピアがBardと呼ばれることには不思議はないでしょうけど――」

シェイクスピアにThe Bardの呼称が定着したプロセスも実のところそれほど不思議のないものでもないのだが、と真弓の頭はまた別方面へとさまよった。「ホメロス」7と同じく「シェイクスピア」も、後付けで仮構された「詩人」人格に与えられた名称であるとむしろ考えるべき根拠は多々あるわけで、その観点から当時のポエトリー・コミュニティを考え直せば、近代後期以降の文芸至上主義に対してかなり面白い批判を展開できると思っているのだが、そして実際そういう方向を模索している学者たちもいるし、その方向性がだんだんと全体に浮上してきているとも思うのだが、それでも、例えば宇治十帖8が『源氏物語』のコアファンによる二次創作であったという説がくらう反発と同様の反発をくらって、ふざけた、不真面目な、面白半分の説にすぎないとして一蹴される危険は今も免れない。「実証」できればむろん問題はないが、宇治十帖が実際に二次創作であったとしてそんなことを誰が実証できようか。W.シェイクスピアという人物が実在したことは、比較的ごく近年のことでもあるから周囲の人脈を含めてわりあいによくわかっており(と言っていいのだろう)、それだけに、例えばこの戯曲とこの戯曲は誰それとの共作だったとかそういうことはある程度「実証」できるし、されてもいる(それはそれで見事な研究だ)、しかしそういうことが「実証」されればされるほど、「シェイクスピア」から「バード」が浮き上がり、前者は実在したが後者は架空人格だという形で両者が乖離していき、想定可能な当時のポエトリー・コミュニティにおける前者の地位が見る影もなく貶められる一方で「バード」の内実は空虚に一般化されてしまうのだ。今なお続いているシェイクスピア崇拝、いわゆるBardolatryに対してそれがおそらくまっとうな「批判的」研究の方向性ではあるのだろうが、しかし……

「『Bird』っていうチャーリー・パーカーの伝記的映画があって、実はまだ見てないんですけど、発表はそれを扱ってみようかと思ってるんです。パーカーのbirdの仇名がどこから来たにせよ、その仇名がだんだん当人も含めた周囲で定着していって、やがてほんとに鳥になっちゃうみたいな、そういうプロセスが仮にあったとして、他でもない鳥だからそういうことが起こるのかどうかというあたりで」

「その映画には光があるの?、その、詩と鳥と関係ある光がというか」

「え、たぶん、きっとあるだろうと思うんですよね。ないはずはないというか、なければないで、そのこと自体が興味深いんじゃないかと」

修士課程で4年を暮して博士に上がっても、ずっと万年新入生のような、万年見習いのような上野原のこの掴みどころのない姿勢は一体何とかならないものなのだろうかと真弓は眉間に皺を寄せ、片手を額に当てて思わず知らず「メランコリーのポーズ9」をとっていた。永遠にふらふらと続きそうな上野原の「テーマ探し」は常にどこそこ直観的で、昨日ここにいたと思えば今日はあそこにいるという具合で妖精のテレポートのように重力を感じさせず、それでいて、地に足がついていないというわけでもない。思考の根がおそらく非常に深いところにあって、それゆえ逆説的に傍目にはどこにも根が下りていず浮遊しているかのようにも見えるのだろう。こういう植物が二十年後、三十年後にどういう姿をして、どういう花実をつけたりつけなかったりするのか、二十年後はともかく三十年後、四十年後ともなればその花実の姿を自分の目で見ることはもはやおそらく叶わないけれども、そして実際にはまるきり花も実もつけずに終わるということだって大いにありうることだけれども、それでもその樹皮に独特の美しい苔がついたり見たこともないような寄生植物が垂れ下がったりするだろうし、自分が去った後の地上にそうして思いがけないような植生が生じているだろうと期待することこそが人文学的希望というものではないかと思うのは、あまりにも敗北主義的な考えなのだろうか。博士課程の修業年限を超えて在学休学を繰り返しながら延々と大学院に居座るのはよくない、放し飼いのニワトリがただむやみに殖えるに任せるのではなく、正規年限で博論を書かせて学位をとらせて次々巣立たせよ羽搏かせよという圧力がいよいよ抗いがたくGenSHAにものしかかってきているが、こういう子に、あと2年で博論を書け書け、さっさとテーマを決めて集中せよなどと責め立てることにいったい何の意味があろうか、学校にいたくなくなれば放っておいても勝手に出ていくのだから、学校にいたい間はいくらでもいさせればよいではないかなどと言うと、それは旧態依然とした教養主義的な考えで現代の実情には合わないからみずからの意識改革をせよと言われ、長く学校にいることに意味があるというならそれを実証せよとさえ言われかねない現状であってみれば、結局人文学方面における実証主義はおのれの首を絞める役にしか立ってこなかったと言えば言いすぎであるとしても、実証万能となりつつある世界に対する異議申し立てが少なくとも今般人文学の肩にずっしりとかかってきているには万々違いあるまい。

「まあ、じゃあともかくパネルのプロトコルを書いたら送ってくれるかな。それを見てのことにしよう。こっちでも考えてみるからね。日程さえ合えば、構わないよ」

「ありがとうございます」

なお飄々とした後姿で上野原が出ていった後、やや気抜けしたように真弓はぐったりとソファに沈みこんでいた。研究科長代行を勤めるようになってまだ一ヶ月程度しか経たないのに既にこんなにも疲弊しているとは、我ながら情けないとも、もろもろの現況が嘆かわしいとも何とも言いようがない。科長補佐だった自分が科長に上がった結果、これも臨時の科長補佐代理として、半年を限ってではあるが、あろうことか斉木が選出され(ここにもGenSHAの人手不足が如実にあらわれていた――本来なら根来教授に依頼するところだったが折あしく根来は8月から在外予定なのである)、斉木はあんなふうであるから、よほどの機密事項は別として、日常的な部分で何か調査や書類作文などの面倒な案件があるとPterpeか何かを通して、どこにいるともしれぬ田宮に仕事を振り、それがある種のてきぱきとした有能さを必要とする仕事であれば田宮はためらいなくイーリンに振るので、結果として、あたかもイーリンが科長補佐代理であるかのような様相を呈している。こういう実態が表に出たら相当にまずいことになるに違いないが、そうでなくとも、一介のRAすなわち博士課程の学生にすぎない者に、本来科長や科長補佐がやるべきような仕事をさせるということ自体、我々自身としてどうなのか、と、最上階にある和久の研究室を訪れるべく重い足どりで階段を昇りながら真弓はとつおいつ考えた。要するに人手不足が全ての元凶、パトロネージを復活させられたらどんなにいいだろう、GenSHAのありかたになぜともなく共感してくれて、研究が「役に立つ」かどうかなど度外視してポンポンと大枚をはたいてくれるような大器量のセレブ趣味人がどこかにいないものだろうかとつい誰でも夢想してしまうわけだが、とはいえジョン・ダンにせよマーヴェルにせよ、あるいは「バード」さえ言ってみれば生涯パトロン獲得に齷齪して過ぎたとも言えるのだから、それはそれで決して楽ではなく要するに世の中そうそううまい話は転がっていない。立ってる者は親でも使えというくらいで、優秀な学生が研究科の重要な仕事をすること自体は、当人の損にならない限り特段の問題ではない、結局のところ大学院などというところは教師と学生がこもごもに力を併せて営んでいく場なのだから、ただし問題があるとすればおそらく、イーリンすなわち林依玲が「博士課程の学生」だなどとは普段もはや誰も思っていないところで(そういうことをしばしば意識する者が科内にいるとすれば教務のモミジさんだけであろう)、あたかも十年来GenSHAにいる専任の研究助手であるかのような立ち位置をいつからか確立しているイーリンが実はまだ在学中であるということは、遠からず在学年限が切れれば彼女はいなくなるということを意味するということすら、おそらく同僚の誰もが失念している、あるいは、失念しているふりをしている。そもそも真弓の知る限り彼女は少なくともすでに4年半くらいはRAであり続けているような気がするが、在学年限はまだだいぶあるようなことをつい先日言っていたから、してみるとこれまでに一定以上の休学期間を挟んでいるはずであり、休学中はRAにはなれないから、実は正規のRAに任命されることなく働いていた期間が相当あるということになるのではないだろうか、昔ならそういうことも学徒修業の一環として許されていたどころか書生的伝統として大いに推奨されもしただろうが、現代ではたいへんな問題になりかねないのに、そのあたり一体どうなっているのやら、当人に訊けばおそらく、それこそ研究の一環として好きでやっているので大丈夫ですというような答えが返ってくるに決まっているが、ともかく一度は何かきちんとしておく必要があるのだろう。

「彼女はもともと福富さんのところの学生だったんですよ」と相変わらずにこやかに和久は言った。「修士のころはね。『棠陰比事』とディー判事10とチャーリー・チャン11の道徳性比較みたいなことから始めたんじゃなかったかな。もう十年も前じゃないですかねえ。そのころ福富さんのところは学生も少なかったから、勉強を兼ねて個人研究秘書みたいな感じになっていって、で確か一度福富さんが在外で1年留守したときにふと田宮くんのとこに出入りするようになって、今に至るんだと思いますよ」

「なんでまた田宮くんのところに?」

「さあそれは私もよく知らないんですけど、だんだん、探偵小説の思想研究というよりもむしろ任侠とかマフィア的な共同体の表象とメディア、みたいなほうへ行って、それでじゃないですかね。ずっとRAでいるように見えるけども実はそうでもなくて、かなり純然と当人が興味持って仕事してるらしく、でもそれに対して研究科として何もしないのもあんまりだろうというので、時々うまく枠が空いたときになるべくRAを当てるようにしてきたんでしょう。福富さんにせよ田宮くんにせよ我々にせよ、文句を言われないのをいいことにして学生を便利に使ってるって言われてもそれは仕方のないところはあるでしょうけど、いまや逆に、仕事させなかったら彼女のほうが怒ってきますからねえ。一度福富さんが気を遣って、仕事はもういいから集中して論文書きなさいって言ったんですって、そしたら、自分が一番よくわかってて誰より効率よくやれる仕事があるのになぜそれをやらせないのか、学生の本分は勉強だと言うが何だって勉強である、仕事は勉強でないとして排除するのは逆に学生の本分なる領域を不当に狭めるものだとかって散々まくし立てられて閉口したらしいですよ」

「へえー。それ、でもつまりお金やステイタスが欲しいわけじゃ全然ないんですよね? いったい博論書く気はあるんでしょうか、というかそれ以前に、どうやって食べてるのかな。見たところいつもパリッとした瀟洒な恰好していて、不自由なさそうだけれど」

「そうですねえ、そこは誰にもわからないので、〈銀鱗〉の幹部がバックについてるんだとかって噂も一時あったほどで」

「それはかなり――ひどい差別的な噂じゃないですかね。いくら当人がそういう研究をしているといっても」

「一昔前なら、そうでしょう。でも今だと、どうですかねえ。あいつには〈銀鱗〉がついてるんだ、というのと、あいつにはAISAがついてるんだ、というのとどっちが差別的かというのは、むしろ難しい問題になりつつあるんじゃないでしょうか。このところAISA側がややピリピリして排除条例を作ったりしているのも、要するに、アイツには〈銀鱗〉がついてるというようなことを、海外、とくにアジア方面に出自のある人に関して不用意に言えば、それは差別発言であるとして糾弾することが誰の目にも正当なことであるように見えるような世の中に早急に戻そう、それも確実に戻そうという動きなんじゃないでしょうかね」

「〈銀鱗〉の地位向上を妨げて今のうちに叩きたいということですか」

「たぶんね。まあ一箸はこのところ産学協同というのでAISA系列の企業と盛んに提携して共同研究に力を入れてますから、その限りにおいて学内では、銀鱗云々は確かに差別的言辞となりうるかもしれませんけどね」

「その場合には、むしろその差別的な目線は彼女一人にというよりGenSHA全体に向けられるものでありうるということになりますかね」

「その噂が科外から来ているとすれば、ありえますね。科内だって、ないとはいえない。ある意味でこの滞留率の問題は、GenSHA的にはまさに彼女のありかたひとつに集約されているとも――」

電話が鳴った。和久が出ると、城崎からで、頭痛がひどくて申し訳ないが今日は行けないとのことであった。

(つづく)

2019.8.12

 

(小説:おりば・ふじん/一橋大学大学院言語社会研究科 
漫画:まくら・れん/一橋大学大学院言語社会研究科)